ダイチ 〜4th story〜-10
『ねぇ!何処に向かうの?!』
俺の腕を引き、一歩前を歩く彼女に俺は尋ねた。
「棗に証明して欲しいの。ダイチ君の気持ち。」
ビルの間の狭い路地を進み、俺達がたどり着いたのは1件のホテルだった。
『ちょっ、ちょっと待って!!ここ、本気で入る気?!』
俺は戸惑いの気持ちを正直に彼女に伝えた。
「本気。」
それ以上彼女は何も言わず、俺にも何も言わせなかった。
そして俺は彼女に引かれるまま、ホテルの1室へと足を踏み入れた。
『棗ちゃん、少し話そうよ。』
そう言う俺に従い、彼女は部屋に備え付けられたソファへと腰を下ろした。
そして俺がソファの隣に座ったのを確認すると、彼女は口を開いた。
「びっくりしてる?」
『びっくりしてる。』
俺は彼女の言葉をそのまま使って答えた。
「あのね、これは棗なりの結論なの。」
『どんな?』
彼女が一体何を考え、こんな場所に俺を誘い込んだのか、俺は聞いておかなければならない。
流れと勢いに任せて彼女を抱くのは簡単だ。だが俺はそんな恋を望んでいる訳では無い。
「棗ね、初めてダイチ君に会った時から恋してた。けど、ダイチ君はいつまで経っても棗の想いに気付いてくれないし…。」
『うん。ご、ごめん。』
俺は時折相槌を打ち、彼女の話を静かに聞いた。
「でもね、それもそれでよかったんだ。仕事に一生懸命なダイチ君を見てるだけでも嬉しいって思えたし、ダイチ君が棗の事なんとも思ってない事知ってたしから、棗も気持ちを伝えようとも思わなかったの。」
少々あどけなさを感じさせる彼女の説明に、俺は愛しさを感じた。
「なのにさ、ダイチ君が《恋が出来ないっ!》なんて悩んでるんだもん。2年以上も一途な恋を続けてきた棗としては、黙ってられなかったの。恋ってすっごく幸せな気持ちになれるし、そんな気持ち…ダイチ君にも知って欲しかった。だから…つい、言葉に出しちゃったんだよね。」
そう説明を続ける彼女は不意に立ち上がり、少し離れた場所にある灰皿を手に取った。
「ずっと我慢してくれてたんだよね。棗は平気だから、吸って。」
それをそっとをテーブルに置き、俺に煙草を進めた。
『ありがと。』
俺は彼女に甘え、ポケットから煙草を取り出した。
「さて、さっきの続き。」
『うん。話して。』
俺は煙草に火を移し、頷いた。
「《ごめん》って言われると思ってたよ。そりゃそうだよね?ダイチ君、ついさっきまで恋がわからないって言ってたんだから。」
彼女は真っ直ぐに俺の目を見つめた。
俺はそれに苦笑を返した。
「なのにダイチ君、いきなり……。」
そう言った彼女の瞳に、一瞬にして涙が溢れた。
「いきなり棗を好きになったなんて…。」
俺はしゃくり上げながらそう言う彼女の髪をそっと撫でた。
「まだ信じられないよ。絶対に叶わないって思ってた恋が、急に叶っちゃうんだもん。後でしっぺ返しくいそうで怖いよ…。」
やはり彼女は俺の言葉と気持ちに不安を抱いているのだろう。
『どうしたら、信じられる?』
俺は彼女に尋ねた。
「棗の事、抱いて。」
『…………はぁっ?!』
彼女はまた、やってくれた。
もうこれで何度目だろうか。彼女が俺の思いもよらぬ言動を口にし、俺を驚かせてくれたのは。
「そんなに驚かなくても…。言ったでしょ?これが棗の結論なの。ダイチ君へのテストだよ。」
『テスト?!』
俺が尋ねると、彼女はその意味を説明し始めた。
つまり俺への〈テスト〉とは、俺が彼女を抱いた後でも、変わらず彼女を想う事が出来るかどうか。
「棗を好きって言ってくれた気持ちが、この場限りのものじゃないって事確かめたいんだ。ダイチ君の気持ちが簡単に冷めたりしないかどうか、ちゃんと知りたいの。」
『それで、テストなんだ。』
俺は努めて平静を装って言った。