過敏-1
代官山のスタバで雑誌を開いた。modern anthologyという雑貨屋の雑誌で、ニューヨーク出張中によく買っていたものだった。私の目的は雑貨というよりも飛行機のミニチュアのカタログ記事だった。
この四年海外出張はない。いや、出張どころか、ほとんどが在宅勤務となっている。昔はそれを望んでいたような気もするが、いざ、やってみると、これはこれで煩わしい。人は我がままなものだ。
外が暗くなり、書店の灯りで、私の姿が店のガラスに映し出された。その自分を見て、ぎょっとした。髪が、きのこのように膨らんでいたからだ。以前は、ショートのスタイルをキープするため、月に一度は美容院に行っていた。気づけば、半年ほど、美容院に行っていなかった。無造作な髪のままスタバにいることが恥ずかしくなった。慌てて店を出た。下腹が歩くと揺れているような気がした。ジムを退会したのは一年前、まだ、大丈夫だと思っていた。
スタバから家までは十分の距離。もう少し歩こう。速足がいい。遠回りすると、お屋敷街に出る。
街灯の間隔が少し広がった。空がどんどん黒さを増した。お屋敷のまわりには、とこどどころに手入れされていない雑草が生い茂った場所があった。
私は、さらに足を速めた。少し、怖くなったのだ。
そのとき、胸に何かが飛んできた。ビクっとして、一気に汗が噴き出るのを感じた。
「なに、なに」と、一人で声をあげてしまった。心臓はバクバクしている。どうにか落ち着いて、胸を見ると、それは緑色のカマキリだった。
大人になっても、ついに、ほとんど膨らまないままだった私の胸に、カマキリがしがみついていた。
「なんだ、お前だったの。びっくりさせないでよ」
私は、自分の小さな胸に擦り寄るカマキリにそう声をかけた。普通の女なら、キャーキャー騒ぐのかもしれないが、私には、それが可愛いものと感じられたのである。
私は、左手をそっとカマキリの後ろに伸ばし、首と後ろの胴体に近い部分を、親指と人差し指、中指でそっとつまんだ。その場所でなければ、カマキリは腕を動かすことができるため、こちらを攻撃してくるからだ。
そして、ゆっくり、後ろ脚の様子を見ながら、洋服からはがした。
ニット素材でなくてよかった。安堵した。カマキリの後ろ脚はもろいのだ。脚がニットにからまり、それを無理にひきはがそうとしたら、取れてしまっていたかもしれないのだ。
「ふう、よかった」
私の指の間で、カマキリは、触覚をぴんっと立たせ、こちらを睨んでいるように見えた。威嚇しているのだろう。
「よしよし」
そう言いながら、お屋敷の反対側の草むらにそっと彼を放した。