夢魔-5
「ソラ」あたしは慌てて部屋に逃げ戻りました。
≪相手が悪い、どうしよう≫ ソラはあたしの惑わしなんかに、ひっかかったりしません。魔術の師匠なのです。
気が付かれた途端にすべてがおしまいです。
≪どうしよう≫ ここは慎重に行くしかありませんでした。
「飲みに行こ」さそいました。
「まだ飲めないだろ」
「家で薄めたワインはいつも飲んでるじゃない」
「ばかやろう、町の店とは違うんだ」ソラはすでに少し出来上がっています。
奥さんだった先生が死んでからはこんな感じでした。これでも随分ましになった方です。
≪あたしの大好きだった家庭教師の先生≫ 母親よりもお母さんでした。
「あたしはお酒を飲みに行こうなんて言ってないよ」
「じゃあ、ヒメはミルクでも飲んでな」それでも付き合ってくれました。
あたしはジンジャーエールで、ソラのは何かわかりません。「こんなのは工業用のメチルアルコールだ」と言っていました。
先生のことを忘れたいのか、未だにガブ飲みをして酔いつぶれます。
こんなときに。しらふでいるのは辛いことです。あたしだって先生のことは大好きだし、ソラとだって手を握りたいし、抱きしめられたい。ソラを見ているだけでそう思ってしまいます。
テーブルに突っ伏して寝ている彼の太ももに手を伸ばします。最初は置いていただけですがそっとなでてみました。
「ソラ、大丈夫」声をかけます。ソラはただうなり声をあげました。
あたしはソラを起こして、「飲み過ぎたね。もう帰ろう」
抱きかかえるように。タクシーに乗せました。
ソラはあたしの膝枕で寝ています。ふくらはぎをさすりながら、何か言っていますが、何語かもわかりませんでした。
その手が膝へ、太ももへと上がってきます。
それからムクッと起き上がって、警戒するように周りを見回します。目がほとんど開いていません。
「家に帰るところですよ」先生のように言ってみました。
それで安心したようにソラは肩にもたれて、またねむり始めました。
ひざに落ちた腕を持ち上げてみます。思ったより重たくて、胸に抱きかかえてみます。
≪重くて頼りになる手≫
すると、そのまま胸をつかまれました。≪先生と、どっちがいい≫ 先生の方が少し大きいのは知っています。
≪この人は今、先生にさわってると思ってるんだろうか、あたしだろうか≫ 気になります。
≪それを言うなら、この人は今、酔っ払っているんだろうか、酔っぱらっているふりをしているんだろうか≫
ブラウスごしに胸を揉まれました。力が強くて悲鳴が出そうになります。それを我慢して。触らせてあげました。ソラなら何をしても構いません。
≪運転手に気づかれなかったかな≫ そっちの方が気になります。
ソラはそんなこと気にもせず、肩に寄りかかったまま、胸を触りなおします。ブラウスのボタンをひとつ、ふたつ外し、そこから手を入れ、乳房を包み込みました。
暖かい手を服の上からそっと押さえます。手の下でソラの手が動きます。≪ずっとこうしていたい≫ なのに空腹に胃が痛んできました。
車内は暗く、運転手の真後ろは人の目が届きません。片手をソラのズボンの上から股間に置きます。大きくなったものを感じました。
≪あぁ、もっと違った関係になりたかったのに≫ 後悔します。
ソラがスクブスの餌食になるなんて思えません。≪あたしはソラに駆除される対象なのかもしれない≫ それでもやさしく胸をもんでいてくれます。
≪仕方ないかもしれない。それでもソラと寝たい、ソラを味わいたい。どれほどあたしの子宮を満たしてくれて、どれくらい満腹になれるのか‥ 違う≫
ソラを喰いたいのではありません。
それよりもっと前からの憧れでした。でもその時は、彼の心の中は先生でいっぱいだったのです。
「俺のヒメ」抱きしめてキスをしてきます。
口にです。それも軽いやつではありません。息がしづらいほど強く抱きしめてきます。
≪あたしはスクブスじゃない、ソラのお嫁さんになるんだ。 そう思い続けてきたはずでしょ≫
先生がいなくなって、ソラの心に小さな隙間ができた今、あたしはそれを利用しようとしています。
「起きて」まだ喰おうとしている自分に我慢できません。ソラを起こしました。
起きているソラなら、あたしを拒否してくれるでしょう。今まではそうでした。
もうすぐ白樫邸です。
そしてタクシーを降りました。