アラウンド・ザ・ワールド-1
「ゲイの暮らしを書いてみたらどうでしょうか」
編集者小宮あかりの言葉に、結城マコトは眉を顰めた。
「気が向かないな」
くるりと椅子を回して、彼女に背を向ける。
「僕は花とか食べ物とか、そんな話題を書いていたいんだ」
「それは、誰でも書けます」
そんな事を云いながら、小宮は自分でも安い挑発だな―――と思っていた。
「世の中のゲイは僕だけじゃない。下手に書きたくない」
腕を組んで黙ってしまった結城を見て、小宮は気付いた。失敗だ、と。
「すみませんでした。でも―――」
「読者が望んでるゲイの話をしようか?それはね、女性っぽい仕草で男性を見たらアラ素敵、と云って抱きついたりする暮らしか、美少年同士の恋愛だよ」
結城は怒っていた。
小宮は俯く。安易な提案をした自分に腹が立った。
「解ってるよ。小宮さんの気持ちも、こんな事で怒ったら駄目だって事も」
ふう、と溜め息をついてから、結城は小宮の方に向き直る。
「ごめんね、小宮さん。その話は一応考えとく」
「ありがとうございます」
頭を下げて、小宮は結城の家を出た。
新進気鋭のエッセイストの結城マコトこと吉田良がゲイだと云う事は、出版業界では割に知られている。
だから、ついエッセイにしないか―――と持ち掛けてしまった。
その提案は、自分の下卑た好奇心から出たのではないかと小宮はうなだれる。
会社に戻っても気分は晴れない。
きっと結城は自分の気持ちを、エッセイにしないかと持ち掛けた動機を見抜いたから怒ったのだ。
軽率だった―――今なら解る。本当なら、提案する前に気付かないといけないのに。
暗い顔で俯いて歩いていると、廊下で人にぶつかってしまった。
「す、すいません」
慌てて顔を上げると、紺のスーツを着た見知らぬ男。スーツには、会社の社員章はついていない。
代わりに、向日葵の―――バッジ。
「いいえ。大丈夫でしたか?すみません」
ほがらかに笑う男は―――弁護士だった。
会社の顧問弁護士かと、余計に慌てて小宮はうろたえる。
「あ、あの、こちらこそ、あの」
「何テンパってんだ、小宮。すいません、谷町先生」
「いえ」
谷町先生と呼ばれた弁護士の後ろから、先輩の村木が顔を出した。