第二十七章 Pホテル-9
(わ、わた・・し・・・)
もう、逃れられない。
何もかもが手遅れだった。
改めて香奈子は身体だけではなく、心も捕らえられてしまった事を自覚するのだった。
『あはぁ・・・んん・・むふぅ・・・』
男のコックを夢中になって舌で愛撫していた。
自らの意思で欲望を貪っていた姿が、支配されていた証でもあった。
「あなたを想い続けていたんです・・・」
愛の言葉が次々と投げかけられる。
手を包む温もりが香奈子の心を溶かしていく。
「ああ・・・はぁ・・・」
険しさを失った眉のラインがカーブを描きはじめていた。
「でも、あなたの家庭を壊す事は出来ない・・・」
巧みに気持ちを操っていく。
「今夜だけでも一緒にいてくれないでしょうか?」
逃げ道をちらつかせながら香奈子を追い込んでいく。
「一度だけでいいんです。
データは破棄しますよ、必ず・・・」
(ああ・・・だ・・め・・・
ち、違う・・・)
それが罠である事は香奈子も十分に理解していた。
「十二時まで・・・
いや、一時間だけでもいい・・・」
嘘に決まっている。
騙されてはいけない。
だが、そう想いながらも徐々に言葉に酔い始めている。
「約束しますよ」
「ああ・・・」
ギュッと握り締める力に、ため息が漏れてしまう。
「僕の方からは決して、
あなたに手を出しませんから・・・」
表情の変化を読み取る男は、言葉を切らす事無くつなげていく。
「だって、そうでしょう?
無理にあなたを奪っても幸せにはなれやしない」
(だ、だめ・・・)
気持ちが揺れる。
「思い出が欲しいんだ・・・」
(あああ・・・)
執拗な問いかけに、香奈子は逆らう事が出来なくなっていった。