隣の光り-8
節子はふたりの叫びに、しまったと肩をすくめた。
「あ、あぁ、これ?これは涼ちゃんからもらった……」
「やってねぇし!つか、ゴミ箱から拾うかよ!」
「……そんなに怒らないでよ。ごめんごめん。返すから……」
チリンと鳴らしながら、節子は財布のファスナーからストラップをはずす。
「普通、財布にストラップを付けるかよ……」
ブツブツ言う涼は、ぽかんと口を開けて見ている奈津に気がついた。
奈津は声をあげて笑い出す。
その笑い声が合図のように、
「行くぞ、奈津」
と言って涼は家を飛び出した。
そのあとをあわてて追う奈津を、節子はにんまりとした表情で見ていた。
川原まで来たとき、涼はようやく立ち止まった。奈津もすぐに追いつく。
陽はすっかり落ちて、あたりは真っ暗だった。
水の流れる音が、奈津と涼の耳に優しく響く。
「ねぇ、涼?私……」
奈津は言葉につまる。ふたりきりで話をするのは、あのキス以来だった。
「……そのストラップ、私ほしい」
涼が昔、ここであったことを覚えているのなら、そのストラップを渡す相手は自分のはずだ。奈津の心臓の音が早くなった。
「昔、ここであったことを覚えているか?」
予想とは違う涼の言葉に、思考がすぐに追いつかない。
「昔、ここでおまえが大事にしていたものを、俺は失くしてしまった」
落ち着きを払った様子で涼は続ける。
「あのとき、おまえは女の子なんだとはじめて意識したんだ」
奈津は、背中を向ける涼の耳が赤いのを見逃さなかった。
「俺は、おまえが好きだ。なんとかという先輩がどんなやつか知らないけど、おまえのことを一番よく知っているのは、俺だ」
気がつくと奈津は、後から涼を抱きしめていた。
それがどんな意味なのか、自分でもわからないまま。
心の中から拓斗の存在がなくなったわけではない。でも、涼もまた、失いたくないと思った。
「……ありがと。……今は、これだけしか言えなくてごめん……」
顔を背中に押し付け、涼の返事を待つ。広い背中と、Tシャツに染み込んだ涼の体臭は奈津を心から安心させた。そこにはかつての泣き虫少年の面影はない。いつのまにか男に成長していた涼に、奈津はドキドキした。
一方で涼は、背中ごしに感じるやわらかい奈津の体に、切なさで胸が苦くなっていた。もう二度と感情にまかせて奈津を苦しめないと、心に誓う。
「……これ、おまえにやるよ」
奈津の方に振り返り、ストラップを渡す。
「貰っていいの?」
「奈津にあげたくて必死に探し回ったんだ」
「……ありがと。大事にするね」
ぎこちない笑顔を浮かべる涼に、奈津は笑顔でこたえた。
澄んだ夜空に、月が美しい夜だった。奈津は、いちど切れかけた絆が強く結び直されたような気がしていた。