母の妙な勘-1
「うん、こんなところかな」
牧田睦美は台所のガスコンロの前にて、味噌汁の入った鍋をおたまですくい、小皿に移し替えて軽く味見をしてその味に納得する。
「んー‥‥」
立っていた腰の疲労感から背後に仰け反って、また元の姿勢に戻る。
牧田家のほとんどの家事をこなす専業主婦である睦美。
彼女には最近ある心配事があった。それは頻繁に息子の遥太がやたら平日や休日問わずよく友人の家に泊まりに出掛けることだ。
別に友人と遊ぶことを睦美は咎めているワケではない。出掛けるのも良い。泊まるのだって良い。
ただし、それは本当に友人と遊んでいるならばの話だ。
先週に至っては一週間で4回もだ。幾ら仲がいいとはいえ、そこまで頻繁に会って遊ぶのだろうか?
睦美は小皿を台座に置いて、ふと思案する。
「(友達ってのは方便で、もしかして彼女が出来たとか‥‥?)」
睦美は最初の予想を首を横に振って自ら否定した。まさか、有り得ないだろうと。相手側から押してきたならまだしも、夫の弦一に似て奥手な性格の遥太に恋人など有り得ないだろうと判断した。
ならば一体何だろうと更に考える。次に睦美が予想したのは非行に走ってるのではないかということだ。
「(悪い友達とつるんで、ケンカに明け暮れたり‥‥!?)」
睦美の脳内で息子の遥太がリーゼントの学ランでメンチを切る姿が思い浮かぶ。
はっきり言って我が子ながら全く似合っていなかった。さすがに無理があって、笑うのは失礼だと思いながら吹き出しそうになる睦美。
「(フフ‥‥遥太が聞いていたら怒るところでしょうね)」
そんなことを思っていると、
「ただいまー」
丁度、当人が学校から帰って来たようだ。今日は遅くは帰って来なかったので、睦美は一先ずは安心する。が、彼女の中で疑惑が消えたワケではなかった。
暫くして、家の中をスリッパでパタパタと歩く音が聞こえてくる。
睦美は夫に一度相談するべきかと悩むが、こちらに向かって歩いてくる遥太のことを思うと思い切って本人に直接訊いてみたくなった。
そして、遥太が台所へとやって来る。
「はい、これ」
前々から見慣れた光景で弁当箱の入った巾着袋を差し出す遥太。制服は今朝見た時と変化は皆無だが、その顔はどことなく疲れているように睦美には見えた。
睦美は巾着袋を受け取ると、それを台所のテーブルに置いてから口火を切った。
「遥太。あんた、最近どこに行ってるの?」
「え?どこってそれは‥‥友達の家に泊まってるんだよ」
「本当は違うんじゃないの?例えば‥‥全く違う理由で友達の家に行くっていうことにしている、とか」
「ッ!?‥‥いや、そんなことはないよ」
睦美は遥太が一瞬目を泳がせたのを見逃さなかった。まさか自分の予想が当たったのか、と彼女の中で不安が過ぎる。