第十四章 媚薬-3
それでも何とか感情を抑えながら言った。
「よ、良かったですね・・それでは・・・」
ドアを開け、帰るのを促すのだが男は立ち上がる気配を見せない。
「いやっー、焦ったなあ・・・暑い、喉がカラカラだ」
それどころか、上着を脱ぎ始めているではないか。
「スミマセン・・・
何か冷たいものでも頂けませんか?」
明るい口調は絶妙な間合いで、香奈子の機先を制する。
「は、はい・・・」
断る事も出来ずに、仕方なくダイニングに向かった。
「まったく、何て図々しいのかしら・・・」
イライラした仕草で冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を、グラスに注いでいる。
「どうぞ・・・」
応接室に戻り、グラスをテーブルに置きながら無意識に自分の分も運んできた事に気づくと心の中で舌打ちをした。
いくら朝の早い時間とはいえ、誰もいない家に二人きりでいる事に不安を抱いていた。
夫の友人であるが竹内には油断出来ないと思っている。
現に今、香奈子を見つめる目は蛇のように邪悪な企みを宿しているように感じるのだ。
まさか襲う筈はないと思うのだが、飲んだら直ぐに帰ってもらおうとみまがえていると男が内ポケットからタバコを取り出しながらニヤッと笑った。
「すみません、灰皿もいただけますか?」
遠慮がちに言うのだが、少しも心がこもっていないのは明白だった。
香奈子はタバコの煙が大嫌いだったのだ。
匂いをかぐだけで胸がムカムカする。
夫の友人だから我慢していたが、訪れる度に受けるヤニ臭さに辟易としていたのは本人も分かっている筈なのに。
しぶしぶ立ち上がった香奈子は、壁際にあるキャビネットからクリスタル製の灰皿を取り出すと、テーブルに置いた。