母×野菜炒め>太陽-1
よく晴れた夏休みの昼。太陽は日本の皆さんを丁度真上から明るく、激しく照らしつける。
「日差し、強すぎじゃボケ……」
暑い……というより熱い。灼熱の太陽なんて月並みな表現があるけど、あれが過剰な表現じゃないと初めて知った。ついついツッコミを入れてしまうほどに暑い。
しかも、湿度もとんでもない。これだけ晴れていればもう少しカラっとしていてもいいと思うのだけど、残念ながら朝までの雨のせいで湿度も非常に高いようだ。きっと、靴の中の湿度(ほぼ100%)といい勝負だね、うん。
僕は恨めしく太陽を見上げる。太陽の大げさな営業スマイルが、僕の顔をジリジリと照らしつける。トースターの中に入った食パンの気分だ。
そして暑さを演出するものがもうひとつある。辺りの住宅の庭先から聞こえてくる、油蝉の奏でる不協和音。そんなに一夏の命を謳歌したいのか、と思う。謳歌したいかそりゃ……。
でもこの暑さももう少しの辛抱。あの角を曲がれば直ぐ僕の家だ。クーラーというオアシスが僕を待っている! 心なしかビーサンが、萌えるアスファルト叩く音が早くなった気がした。……ん、萌える? まあいい、急ぐぞ!
「うぉい! なにやってんですか!」
僕が角を曲がるととんでもない光景が広がった。なんかもう説明する気も失せるような……。とはいえ、文章で伝える形式な以上、文章で説明しないわけにはいかない。はぁ、漫画ならこの衝撃が解りやすく伝わるのに。
簡潔に言うと、母が料理をしていた。そりゃ、母が料理をしているのは普通ですよ。そんなことで「うぉい!」なんてツッコミは入れませんよ?
家の前には父の車が駐車してあるのだけれども、母は車のボンネットで……野菜を炒めていた。香ばしい香りと、野菜を炒める音が僕の胃を刺激するが……こんな状況で刺激されるな、僕の胃。
「あら、お帰りなさい」
「いやいやいや、お帰りなさいじゃなくて、母さん何してんの?」
「あなたそんなに目が悪かったっけ? 野菜を炒めてるのよ」
激しく動揺する僕に、母は平然と答えた。目が悪かったほうが幸せだったかもしれない。
「そういうセリフは台所で言ってよ」
「後もう少しでできるから、ちょっと待っててね」
「そういうセリフは台所で言ってよ」
「ちょっと、なんで二回言ったの? 天丼? 面白くないわよ」
ケラケラと楽しそうに笑いながら、母は言った。母さん、汗だくになりながらなぜ外で?
「じゃなくて、なんで父さんの車で野菜を炒めているの?」
「ほら、ニュースとかで偶にあるじゃない。日差しの強さを表現するのに、車のボンネットで目玉焼きを焼いたり。あれ、本当にできるのね」
「だからって、本当にやらなくても・・・」
「弘法、筆を選ばずってね」
「頼むから選んでください」
「でもほら、弘法、筆を選ばずってね」
天丼を覚えた母は中々の強敵(と書いてトモと読む)なようだ。別に僕の胸には七つの傷は無いが。
――。
数十分かけて母をなんとか説得した僕は、ようやくクーラーの待つオアシスへと辿り着いた。
「スイッチオン! 設定温度、16℃!」
僕は狂ったようにクーラーのリモコンを操作する。甲高い電子音がした後、低いうなり声を上げながら、人類至高の大発明品が動き出す。