妻を他人に (6) その日-5
「ちょっと……キスって……パパ……Zくんが……」
「ゆき、ごめん……。俺も見てみたい……」
「えぇ? もう……」
「旦那さんの許可が出ましたよ。これでもうキスしても浮気になりません」
明るくにぎやかだったリビングに、隠避な空気が漂い始めた。
「とりあえずこれで慣らしましょうか。ここにキスできます?」
ショーツのクロッチをゆきの口元に寄せるZ。そこはさきほどZの顔が押し付けられ、舌で舐め回していた場所だ。
「……んん……ねぇ、パパぁ……」
口を閉じ顔を背けるゆき。
「ゆき、いいよ。それだけならキスじゃないし、もちろん浮気でもない」
「Oさんもああ言ってます。少しでいいから。キスしてみてください」
Zはゆきの頭に軽く手を添え、彼女の顔をショーツに正対させる。
「みんな変態すぎるよぉー……」
なんとか笑いに持っていこうとするゆきだが、Zはショーツをさらに押し付け、半ば強引にゆきの唇に触れさせた。
「んん……ぷふふ……ゃだ……ちょっと湿ってるー……」
ゆきの口が触れた部分をなぞるようにZも舐め、さらに湿らせる。湿らせて、またゆきの口元へ。
「あぁん……何してるの? もう……ぁむ……んん……っ」
ふたたび自分のショーツへキスさせられているゆき。
「二人とも……なんか言ってよぉ……」
人妻の訴えを黙殺する男たち。
「ゆきさんそのまま…………」
ショーツに唇を押し当てた状態のゆきに、Zが布地越しに自らの唇を重ねた。
「んん……らめ……んぷぷ」
苦笑いを浮かべ、もがくゆき。
ゆきの頭を両手で掴み、抑えるZ。
「大丈夫……布地越しだから……」
「んぷ……んぐ……」
人妻のショーツを挟み、男女が唇を重ねている。
滑稽な行為なのに、もはや笑いはない。
深刻で、背徳的で、淫猥な空気が場を支配しはじめた。
「んん……ぁむ……ぁむ……」
華奢な人妻がたくましい男に抱きよせられる。
固く閉ざした唇を、男の口で揉みほぐされている。
「んん……ぷ……」
やがて二人を隔てる、小さな布地がずれていく。
「んん、んぷ……んぐ……」
下着はなおもずり落ちていく。
「……ぁむ……ぅむ……」
ついに人妻のショーツが、男女の間に、はらりと舞い落ちた。
しかしまだ、二人の唇は接していない。
Zは両手でゆきの顔を包み込んだまま、じっと見つめている。
二人を隔てるものは、なにもない。
唇同士、数センチの距離だけが、人妻の貞操の最後の砦。
Zが顔を寄せる。
少し上体をそらすゆき。
のけぞった分だけ、また距離を詰められる。
妻は手を後ろについて逃げる。左手薬指にはめられた結婚指輪が鈍く光る。
ゆきが、ちらりと私のほうを見た。
助けを求めているのか、それとも許可を求めているのか。
おそらくは夫婦ふたりともが、わかっていない。
ただひとつはっきりしているのは、「嫌ならいつでも断って良い」と再三伝えてある中で、妻がいまだ明確に拒否の意志を示していないという事実。
使い古しのくたびれた下着から、真新しい「勝負下着」に着替えていたという事実。
Zの腕に抱かれたゆきが、ソファの上に押し倒された。
もう後ろに逃げ場はない。
私以外の男の唇が、目の前に迫っている。
ゆきがもう一度、私の顔を見た。瞳が潤んでいる。
私は彼女を後押しするように、何度もうなずく。が、震えで顎を小刻みにガクガクさせる変な動作にしかならなかった。
「いいの……?」
かすれて消え入りそうな声で、妻が、そう呟いた。
もう一度、うなずく。心臓が、破裂しそうだ。
Zは妻の頬に手を添え、正面を向かせる。
ゆきの視線が、私から外れた。
まるで妻の「所有権」が私からZへ移動したかのような焦燥感に襲われる。
完全に部外者となった私。
愛する妻が、私以外の男と見つめあっている。十センチ――。
すさまじい背徳感に、私の股間は痛いほど張り詰める。
男の唇が、妻の唇に近づく。五センチ――。
視線を絡め合う男女。
Zがいったん静止した。三センチ――。
ゆきの目をじっと見つめる。
これから一線を越えることを、はっきりと自覚させるかのように。
人妻に、覚悟を促すかのように。
ああゆき。
断るなら今だよ。
ねえ、やめて――?
もうやめよう――?
果たしてゆきは、そっと目を閉じた。
人妻としての貞操を守る「最後のチャンス」が、失われた。
妻の長いまつげが、ふっくらした唇が、震えている。
一センチ――。
ゆきの唇が、Zの唇と、重なった――。
愛する妻の唇がむにゅと変形し、しばらくの間をおいて、「チュ……」と小さな音を立てた――。
*