第九章 予期せぬ訪問者-1
第九章 予期せぬ訪問者
「ただいまぁ・・・」
かすれた声が広い玄関で響くと、圭子は慌てて口元を押さえた。
母に知られずに部屋に行こうと思っていたのに、何時もの習慣で無意識に声を出してしまったのだ。
今は会いたくなかった。
泣きはらした顔を見られたら、きっと問いただすに違いない。
いくら大好きで、何でも相談してきた母でも今日の事は知らせたくはない。
さっき電話をした時には出かけているらしくて留守番電話になっていたから、夕方まで自分の部屋でジッとしていようと思った。
何よりもシャワーを浴びて服を着替えたかった。
おぞましい痴漢の痕跡を早く消してしまいたい。
公園から家まで歩きながら、圭子はそれだけを願っていた。
泣くだけ泣いた後は、疲労感が悲しみと屈辱をかろうじて薄めてくれていた。
かなうなら、明日の朝まで眠り、今日の忌まわしい出来事を忘れてしまいたかったのだ。
静まり返っている家の中は、人の気配もなく圭子はホッと息をついた。
だが、靴を脱ごうと腰をかがめると男物の靴が一足、目に入った。
(えっ・・・?)
父が帰ってきているのかと、圭子は不安になった。
母以上に会いたくない人だった。
急いで靴を脱ぐと、スリッパも履かず、音がしないように足を忍ばせて廊下に踏み込んだ。
2階にある圭子の部屋に向かい、階段を昇ろうとした時、香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。
もう昼近くになっていたが、圭子には食欲は全く無く、肉を焼いたような匂いは却って吐き気を感じさせた。