妻を他人に (2) 始まり-1
「かんぱーい」
「かんぱーい、Zくん、独立おめでとうー!」
「かんぱーい、ゆきさん、美魔女準グランプリおめでとうー!」
全員がシャワーを済ませ、本日のメインイベントである宴会が始まった。
「順調そうだな、Z」
「おかげさまでなんとか。これもOさんとゆきさんのおかげですよ」
「そんなことないでしょ。Zくんの実力だよ」
「いやいや、やっぱアドバイスいただいたSNSです。なんとか頑張って続けてます」
「Zくんのピンスタ見てるよー」
「効果あった?」
「めちゃくちゃありました。ピンスタやティックトーク見たって人は契約率高いっす」
「Zくんの投稿面白いしね」
「いろいろネタ考えてくれたのもOさんなんですよ」
「へー、パパやるじゃん」
「あんなのでよければいくらでも思いつくよ」
パーソナルジムを開業するに当たり集客を相談された私は、SNSの活用法や写真や画像の編集方法を教えてやったのだ。ダイエットやトレーニングのノウハウをZの軽妙なトークにのせて紹介している。
ちなみに女性に安心かつ快適にトレーニングしてもらえる環境を整えるのは営業戦略上重要とのことで、Zはゆきの意見もいろいろと参考にしているらしい。
「あとなんと言ってもゆきさんのピンスタですよ。フォロワー数倍増しました」
美魔女のネット投票スタートと同時に開設したピンスタアカウントで、ゆきは運営にせっつかれつつ日常のさまざまな投稿をしていたのだが、その中でZのことを紹介していた。
「あー、問題のやつね。ほらこれだ」
「ちょっと! 今そういうの見せなくていいから!」
ゆきに構わず、スマホで「問題のやつ」を表示する。ワークアウト終了後のゆきの自撮りショット。「私がいつも指導していただいているトレーナーのZさん♡ 今日もいい汗かけました。ありがとう〜♪」というコメントとともに、汗を滲ませ頬を上気させたゆきが、Zと肩を寄せ合いにっこり笑っている。
話題の美魔女とイケメン細マッチョの汗だくツーショットは巨大掲示板界隈をざわつかせ、例によってネットニュースでも話題となった。
「くくく。色々詮索されてたよな、お前ら」
「あれで私、ますますSNSも巨大掲示板も嫌いになっちゃった」
「ハートマークなんかつけるからだよ」
「運営の人からなるべく楽しそうでキラキラした投稿をって言われてたから……」
それにしたって二人の距離は近すぎるし、まあ関係を噂されてしまうのも無理はない。SNS経験ゼロ、ネットリテラシー皆無のゆきらしい失態である。
「ま、でも実際『そういう』関係なんだし、仕方ないんじゃない?」
「ぶーー」
「ははは。まあとにかくさすが美魔女さん! ゆきさんのピンスタ見たんですーなんて言って港区女子からたくさんDMが来るんですよ」
「Zに港区女子とは……飛んで火にいるなんとやらだな」
「人聞きの悪いこと言わないでください! 何人かとほんの少しデートしただけです」
「これだよ、ほら」
「ふーん……Zくんやっぱモテるのね」
「あれれ? ゆきさんやきもち焼いてくれてるんですか?」
「べ、別にそんなんじゃ……」
「三十九の人妻がピチピチの港区女子に対抗したって痛いだけだぞ」
「だ、だから違うって……!」
酒と食事をつまみながらしばし歓談を続ける私たち。
冷やかしてはみたものの、正直なところゆきはそこらのなんとか女子よりよほど魅力的である。美魔女グランプリでブレイクしたゆきと楓は、今や彼女らにとっても憧れの存在であり、ファッション誌やライフスタイルメディアに登場するたび大きな注目を集め、SNSアカウントのフォロワーもうなぎのぼり。いっぱしの「インフルエンサー」となりつつあるのだ。
*
「そうそう、SNSといえばゆきさん、はやく僕のビフォー・アフター登場してくださいよ!」
「えーー、無理無理。みんな若い子ばっかりじゃん」
「ゆきさんも十分若いから! 登場したらあっという間におすすめに載りますよ。なんと言っても美魔女準グランプリさんだし!」
ZのSNSでもっとも人気のある企画が、女性クライアントの「ビフォー・アフター」である。
身も蓋もない話だが、ピンスタグラムもティックトークも美人とイケメンが大正義。これにZのトークがあわさるとそれだけで私の百人並みのSNS活用アイデアが「映える」動画に様変わりする。
もしZのSNSにゆきが出れば、彼女の美貌と知名度からしてかなりの話題になるだろうと、夫の私でも思う。
「ねえ、Oさん? どう思います?」
「鉄板だろ」
「でしょ?」
「ビフォー・アフターなんてケチくさいこと言わず、いっそトレーニング後のお前らの『アフター』も投稿しちゃえば?」
「さすがOさん、アイデアマン!」
「なあに? アフターって?」
「炎上マーケティングですね」
「そうそう。再生数もフォロワーも爆発するぞ」
「ねえだからアフターって?」
「アカバン(アカウント停止)くらって終わりすけど。あはは」
「ならピンスタなんかやめてFC3だな」
「わはは、FC3って……。本格的に『そっち』で稼ぐ気まんまんじゃないすか?」
「なぁに? FC3って? そっちってなに?」
「パーソナルトレーナーなんかよりよっぽど儲かるぞ」
「たしかに! ゆきさん出演なら……」
「ねぇねぇ、二人でなに訳のわからない会話してるの?」
「女優の出演料忘れるなよ」
「出演料ってなに? なんの話してるの?」