闇よ美しく舞へ。 3 『呪い』-1
「あら、竜神さん。手紙を書いてるの?」
俯いて、A4サイズほどの便箋に、なにやら書き事をしていた美闇であったが。
そんな彼女のことを、少し恥ずかしそうな素振りで見下ろしながら、クラスメイトの『小泉 佐奈江(こいずみ さなえ)』が話し掛けて来た。
美闇は筆を持つ手を止めて、佐奈江の顔を振り仰いで見上げると。
「ううぅん。別に手紙じゃないわ。ただ…… なんとなく……ね」
そう言いいながら、柔和(にゅうわ)な顔を佐奈江に向けて、微笑む。
「ごめんなさい、邪魔しちゃって」
急に声など掛け、美闇も驚いたであろうと、佐奈江も少し気をとがめた様子である。それでも優しい顔を向けられ、美闇の紫にも似た深い淵のような瞳に見詰められると、なんだか照れ臭くもなり、はにかみながら、顔中を真っ赤にさせていた。
そんな彼女の事が少し滑稽に思えたのだろう、美闇もまた、佐奈江の顔を見ながらクスクス笑っていた。
佐奈江とは余り口を利いた事はなかった。
彼女もまた美闇と同じ様に余り友達の居ない、目立たない女の子である。
少し栗色がかった髪は染めている訳では無く、元々そう言う色なのだろう。それを頭の後ろで団子の様に結わえて、チョコント鼻の頭に乗っかった、小さな縁の無いメガネと相似合って、彼女の可愛らしさを強調していた。
そんな彼女、本来なら可愛い顔立ちと清楚でおしとやかな雰囲気から、誰からも愛される存在に成ってもおかしくは無かったのだが。どうやら性格からくる暗いイメージの方が強いらしい。友達も少なく、おじゃべりの苦手な彼女には、根暗な少女と言う偏見がいつも付き纏っていた。そして彼女の事を美闇も、常日頃からもったいないとも思っていた。
そんな佐奈江に声を掛けられ、正直、美闇の方も少しとまどって居たのかもしれない。机の上に広げていた便箋を、二つ折りにして机の中に仕舞い込むと。
「小泉さんからお話してくれるなんて珍しいわね。嬉しいわ、わたしに何か用事」
焦って、尋ねたりもする。
すると佐奈江は、
「龍神さんって、呪いとかって信じる」
唐突にそんな事を言い出す。
だが聞かれた美闇は、実にあっけらかんとした物である。
「信じないわ」
空かさずそう答えると、制服であるブレザーのポケットから何やらかを取り出し、それを佐奈江に掲げて見せ。
「これわたしのお守りなの、これさえ持っていれば、どんな不幸が押し寄せても、へっちゃらよ。だから呪いだの不吉な相だなどと言われても、ぜんぜん気にしないで済むのよ。したがって、わたしは呪いを信じない派。……かな」
そんな事を言って笑ったりもする。
佐奈江は、美闇がお守りだと言って見せてくれた、小さなビーズ玉を編んで作った掌大ほどの人型、それを見て笑い出すと。
「ごめんなさい龍神さん。ううん違うの、そうじゃなくて、呪いを信じないって言ってたのに、魔よけの人形とか信じてるんだなって思ったら、なんだかおかしくて」
そう弁解しながらも、また笑う。
普段あまり笑顔など見せない佐奈江であったが、やはり暗い顔をしているよりも、この子は笑顔の時の方がずっと素敵だと、美闇は改めてそう思った。そう思いながらも、美闇は佐奈江に笑われて、少し恥ずかしくもあるのか、顔を赤くする。
「ちょっと子供っぽかったかな。それにしても…… そんなに笑わなくても……」
未だ笑い転げる佐奈江の顔を見やって、自身の顔を膨らませもしていた。
「ごっごめんなさい龍神さん!」
慌てて謝る佐奈江に向かって、
「いいのいいの! 小泉さんこそ元気が戻ったみたいで良かったわ」
美闇は、我気にせずの構えでもって、手を振って見せたりもした。