闇よ美しく舞へ。 3 『呪い』-5
学校やビルオフィス、高層マンションと言った高い建物にはよく有る、ありふれた給水塔。どうやらそんな給水塔の陰に隠れて、ずっと美闇のことを誰かが見ているらしい。それに気づいたのか、あるいは初めから知っていたのか、美闇はそんな見えない相手へと声を掛けた。
すると彼女の呼び掛ける声を聞いてか、給水塔を支える足、その鉄骨の陰から一人の男子生徒が現れた。
「なんで君は僕の邪魔をするんだ」
男子生徒はそんな事を言いながら、ゆっくりと美闇に近づいて来る。
「貴方ね。そうやって気配を消して、小泉さんさんを突き飛ばして事故に合わせたのは。今度はわたしを屋上からでも突き落とすつもりだったのかしら」
美闇も臆することなく、そう言いながら男子生徒へと近づいて行った。
互いの距離が2メートル程だろうか、近過ぎも無く、遠過ぎもなくする距離まで近づくと、そこで二人とも足を止めた。そうしてしばらく、二人は見詰め合って、なにやら互いの心の中でも探っているかの様に、瞬きもせず、押し黙ったままの睨み合いが続き。
そのうちに。
「君が小泉に変な人形なんかやるから、あいつは死ななかったんだ。その分ぼくが苦しいんだぞ」
男子生徒は美闇から目を反らし、そんな事を言い始める。
「僕が苦しい? そう……貴方やっぱり、小泉さんに呪いを掛けていたのね。術が効かなくなったんで、逆凪(さかなぎ)が来たんでしょ。だってあの人形は呪い返しだもの」
美闇はそう言うと、得意そうに「フフンッ」と鼻を鳴らしてみせる。
が、そんな美闇の態度が気に食わなかったらしい。男子生徒は能面のような無表情な顔を、突然鬼の様な形相に変えると、右腕を大きく振りかぶせて、美闇の前で振って見せた。
もちろん彼が振り回す腕が美闇に当たることは無い。が、美闇はとっさに身をよじると、素早く男子生徒から離れたりもする。と同時に、美闇が背にしていたフェンスが、鉄製の金網ごと ”ガシャン”と音を立てて、引き裂かれた。どうやら彼は、腕を振り上げた瞬間その腕ないし、もしくは手から何かを出し、美闇の身を切り裂こうとしたらしい。それはまさしく『鎌イタチ』の様ですらあると、美闇は思った。
「さすが小泉さんを助けられるだけの事は有るようだね。運動神経もバツグンじゃないか」
男子生徒は、攻撃を避けて身を屈めている美闇に向って、先ほどのお返しにと、馬鹿にした口調でそんな事を言うと、嫌らしくニヤニヤと笑っていた。
そんな男子に今度は美闇が、少し腹を立てたらしい。
「その程度の力じゃ、わたしを殺す事はできないわ!」
強気な言葉で、言い返しもする。
すると男子は。
「君なんか嫌いだ! 僕を馬鹿にする奴はみんな嫌いだ! だからみんな死んじゃえっ!!」
彼がそう叫んだ瞬間だった。
彼の右腕から飛び出した何かが美闇の身体を取り巻き、彼女の自由を奪う。それは大きな大蛇の様でも有り、巨大な毒蜘蛛のようでもあった。
美闇はえたいの知れない力に引きずられたまま、屋上を取り巻くフェンスよりも高く、吊るし上げられる。
「くはははぁ! いいながめだ! どうだい僕の力は、凄いだろう。そうさぼくは真面目で人に親切な良い子なんかじゃないのさ! 君の様に抵抗もできない非力な者をいたぶるのが楽しくてしょうがない、悪い奴なのさ!」
そう叫ぶ男子生徒の顔には満面の笑みすら浮かび、彼はこうしている事を心の底から楽しんでいるのだと、美闇は感じ取っていた。
「悪魔ね」
そう呟きながら、美闇はまた、彼が不憫でならなかった。