闇よ美しく舞へ。 3 『呪い』-3
正直、馬鹿馬鹿しかった。この手のいたずらは古今東西(ここんとうざい)、何処へ行っても、何時の時代になっても無くならない様である。しかしながらこんなハガキ一枚に何の力が有ると言うのだろうか。何も有りはしない。有るとしたら、それはこの手の手紙を受け取った者が、呪いや呪術の類を信じていて、自己暗示に掛かり、不安と恐怖で冷静な判断を失うかして、自分で自分の心を壊してしまう事である。その結果が『自殺』。余りにも単純だが、信じて疑わない者に対しては絶大な効果をもたらす、人間の深層心理を巧みに使った『フラシーボ効果(自己暗示の一種であり、自分は呪われているから死ぬのだろうと、マイナスイメージな考え方による、自己悲観現象)』に他ならないで有ろう。
どうやら佐奈江はこの手の物を信じる派の人間だったらしい。否、佐奈江に限らず、若い女性の多くは占いを信じたり。鬼門敦煌(きもんとんこう)といった各種占星術にはまり込んで居るのは、なにも女性ばかりでは無い様子である。
「どうしよう龍神さん…… わたし…… 死んじゃうのかな」
佐奈枝は美闇にもらったビーズ玉人形を両手でしっかり握り締め、胸に押し当てて、そう美闇に訴えていた。見れば何だか顔も青ざめて居るようで、息も荒い。
美闇は一瞬、何かを考える振りをして右手で顎を摩ると。
「確かに運命は有ると思うわ」
「じゃっ、じゃあやっぱり! ……わたし」
「慌てないで!」
サッと右手をパーに開いて、美闇は佐奈枝の声を遮り。そして言う。
「運命は有るわ、わたしも信じてる。でもね、運命って変えられるのよ。嘘じゃないわ。だってそれが運命だもの」
美闇はそう言うと、佐奈枝に向かってウインクをして。そして佐奈江が握り締めている人形を指差し、笑った。
佐奈江は美闇が何を言いたかったのか直ぐに解ったらしい。笑顔を取り戻すと、泣きながら頷いて、もう一度愛しそうに握り締めたビーズ玉人形を見詰めて、涙を拭っていた。
正直「あんたなに馬鹿な事を言ってるのっ! そんなの迷信に決まってるじゃない! なぁーにが呪いの手紙よ! なーにが運命だってのよ! ハンッ! チャンチャラ可笑しくって、臍(へそ)でお茶が湧かせるわよ、まったく!」そう言ってやりたかったのは、やまやまである。しかしながら、ここでそれを言ってしまったお終いである。とりわけこう言った呪いとかの類を信じきっている者に対しては、逆効果だったりもする。「きっとわたしの事なんて、誰も解ってくれないんだわ!」と、ますます自暴自棄になり、それこそ一人で悩んで自殺! 何て事にも成りかねない。こう言う時は本人の気持ちに同調して、相手の考えを肯定しつつ、問題となる部分の解決案を出す事が良いであろう。美闇はそう思った。
この場合、佐奈江にとって一番の問題点は、もう時期自分は死ぬと言うこと。そしてそれが運命であって逆らえないと言うこと。そこで美闇は運命の存在を肯定しつつ、だが運命は変えられて当然であると、佐奈江の運命に対する認識に修正を入れたのだった。そして佐奈江の運命は既に変わっていて、厄災は既にビーズ玉人形と言う身代わりで持って、相殺(そうさい)された事を告げたのだった。
どうやら佐奈江はそれを素直に信じたらしい。全てが一件落着とは行かないまでも、佐奈江が悩みあぐねて自殺をすると言った、最悪の事態には成らないで済んだであろう事は、美闇も感じていた。そしてそれは、最後に見せた佐奈江の笑顔がなによりの証拠でもある。
普段使わない神経を使い過ぎて、何だか美闇の方がストレス過剰だったりもする。額に噴出していた汗を、さりげなく拭い取りもするが、佐奈江がそれに気づく事もなかった。