彼の手の中<第三話>-2
今日はおかしい。普段ならば、こんなことくらいでいらついたりしないのに。昼休みの出来事のせいだろうか。時計を見るのは、これで四度目になる。
「ごめん、遅れた!」
五度目に差し掛かろうとしたとき、咲智が息を切らして現れた。
「江上に呼び止められてさぁ。あいつもいい加減にして欲しいよ」
「…江上、何て?」
「研究室に連れてかれて、ぐだくだ説教」
「研究室?二人で?」
「うん」
頭に血が上ってゆく。熱くて、思考回路が溶ける。
「二人きりになるなって言っただろ」
「そんなこと言ったってさ…」
「適当に理由作って断れよ」
「だって」
「だってじゃねーよ!」
耳鳴りがする。何も聞こえない。何も考えられない。わかるのは、霞んだ視界の中に怯えた表情の咲智がいることだけ。
「どうしたの?なんか宮川らしくない」
「俺らしいって何だよ…」
ふいに、強烈な眩暈に襲われた。足が折れ、その場に崩れ落ちる。
「宮川!しっかりして!」
咲智の腕に包まれた瞬間、俺は意識を失った。