プロローグ-1
「お前たち、つき合ったらどうだ。」
鬼頭部長の大きな声に、皆が振りかえった。
今日は、本社営業課から、第一営業所へ異動する山下浩之の送別会が行われているのだ。
「お前たち」と言われたのは、今日の主役、山下浩之と営業課の篠田有美だ。
山下浩之は、入社3年目の25歳。
性格がおとなしく、営業には不向きであったにもかかわらず、持前の真面目さにより、何とかこの3年間無難に業務をこなしてきた。
その業績を評価され、今回、営業所の主任を任されたのである。
篠田有美。山下と同期入社で3年目の23歳。
ここ数年、女子社員の出入りが激しく、現在会社では、最年少である。
山下同様おとなしく、超がつくほどの真面目さである。
特にお嬢様育ちというわけでもないが、礼儀正しくきめ細やかな女性である。
けっして、美人というわけではないが、笑顔が愛くるしい。
「有美ちゃん可愛いね」と言われると、真っ赤な顔で恥ずかしがる姿が、妙に男心をくすぐる。
時には「天然」とも思われる発言をし、皆を笑いの渦に巻き込んでいる。
しかし、本人は、なぜ笑われたのか理解できていないようで、まさに「天然」が板に付いている感がある。
ある意味、社内のマスコット的存在である。
現在に至るまで男性経験はなく、聖処女と言ってもいいだろう。
彼女を気にしている男性社員は、少なからずいるようである。
しかし、「天然」振りが社内でも有名となり、彼女に手を出すと周りから嘲笑されるのでは、という風潮がいつの間にか男子社員の中に広がり、あえて誰もが彼女に手を出そうとはしなかった。
鬼頭竜雄、58歳。現執行役員兼総括事業部長であり、前営業部長。
数ヶ月前まで、二人の直属の上司であった男だ。
強引なやり方と、俗悪な言葉づかいのため、ほとんどの社員から嫌われている。
時には、社長以上に権力を行使するほどの人物だ。
次期取締役の噂もある。
体格も大柄でパンチパーマのこの男に抵抗できるものはいない。
10年以上単身赴任をしており、事実上夫婦関係も終わっているようである。
飲み会となると、誰もこの男の周りには寄りつかず、暗黙の了解と言うのだろうか、決まって、おとなしい二人、山下と有美が、鬼頭の側に座らされることになる。
そしてもう一人、いつも鬼頭の横に陣取る女性、武田容子 38歳、人事課の重鎮である。
誰もが、鬼頭を嫌う中、この容子だけは平然と鬼頭と接している。
鬼頭と容子は男女の関係があったという噂があるが、過去の関係は定かではない。
現在二人は飲み仲間として、スナック「雅」に毎晩の如く入り浸っている。
容子は、このスナック「雅」のマスター中野伸二45歳と男女の関係にある。
もちろん、鬼頭はそのことを承知している。