その声を そのぬくもりを-7
ようやくまわりも見えてきた頃、僕はよろよろと彼女へ近づいた。父と母は連絡が遅れているのか、まだ見当たらない。
「姉さん」
僕は思いっきり叫びたいのを堪えて、努めて囁くように言った。その声に気がついた姉は僕をぼんやりと見つめて、そしてこう言った。
「誰?」
僕の動きが、ぴたりと止まった。
「な、何言ってんだよ、姉さん」
無意識に声が震える。気も遠くなってきた。僕は自分を支えるように、頭を振った。
「まさか・・・、記憶が」
僕が呟くと、彼女は薄く微笑んだ。
「ごめんなさい。なにも覚えていないの」
「お姉さんは記憶喪失らしい」
あまりのショックに立ちすくむ僕の肩を叩いて、一人の先生が言った。僕に、言葉はなかった。
「けれど・・・」
と、先生は言った。
「今、こうして目を覚ましただけでも喜ばなければいけないよ。まさに奇跡だ」
僕もそう思う。姉は、生き返ったのだ。
と、その時、針のように鋭い何かが僕の頭の隅をかすめていった。さっきのゲームセンターでやった『先見』だ。あいつの言葉が、僕の中で渦を巻きながら膨らんできたのだ。僕は息を乱しながら、渦に身を任せた。
「チカイ、ミライ、ウンメイノヒトトデアウ・・・ショウネンノ、ミライヲサユウスルジョセイ」
一刹那、僕の中で何かがプチンと音を立てて切れたかと思うと、渦は消えた。
僕は呼吸を取り戻しながら、ハッと顔を上げて姉を見ると、彼女も同じように僕を見つめていた。
「運命の・・・女性」
心臓の高鳴りを抑えて、僕は、一歩前へ出た。もしも、あのゲームの言うことが当たっているなら、それを本当に信じてもいいなら、多分それは目の前にいる姉さんのことだ。
彼女は記憶喪失で、生まれたままの真っ白な記憶なのだ。つまり、変な言い方だが僕とは始めてあったことになる。
僕はゆっくりと、彼女の頬へ手をのばし、その柔らかな肌に触れた。そして彼女が口を開こうとした時・・・その熱いと息のようなものは、僕の耳たぶに触れていた。考えなんて、何もなかった。ただこうして、抱きしめられずにいられなかったから・・・本能の向くままにそうしただけだった。
彼女が抵抗することはなかった。そればかりか、彼女の手はそっと、僕の肩甲骨の辺りを優しく包んでくれていた。
ゆらり、ゆらりと、海底へ沈んでいくような不思議に満ち足りた気分だ。僕は静かに目を閉じると、
「あなたが・・・好きです」
と、何のためらいもなく、伝えた。
そしてその時、僕はまだ気がついてはいなかった。
壊れたはずの時計の針が、僕の腕でひとメモリ、かちりと動き出したことを。