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その声を そのぬくもりを
【純愛 恋愛小説】

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その声を そのぬくもりを-2

体中汗だくになりながら、病院へ駆け込み、辺りを見回した。父さんも焦っていたのだと思う。姉の病室の番号が残されたメモには書いていなかったのだ。
僕は適当に階段を駆け上り、前を歩く看護婦さんを呼び止めた。
 「あの、すみません。稲井百合華の病室分かりますか?えっと、さっき運び込まれたと思うんだけど」
 ロレツの回らない僕の言葉に初めは首をかしげていた彼女も、「ああ」と声をあげ
顔をこわばらせたかと思うと、こう答えた。
 「稲井さんは、集中治療室です」
 僕は看護婦さんの両肩をつかみ、揺すった。
 「どこですか、そこ!どこにあるんですか?」
 気持ちだけが焦り、僕は完全に空回りしている状態だった。彼女は、まるで猛獣にでも襲われたような顔で、
 「二階です。あの、行けばすぐに分かりますから」
と、言った。
 「ありがとう」
 お礼を言って、階段を一段飛ばしで駆け上り、僕は姉さんのいる集中治療室へ走った。
・・・大丈夫。大丈夫だ。きっと軽い怪我ですんでいるはずだ。
心の中で、何度も自分に言い聞かせる。
けれどそれとは裏腹に、心の奥深くでは僕を押しつぶしそうなほどの、邪悪な不安が渦巻いていた。
 二階までくると、廊下の長いすに座っている両親の姿を発見した。
 「父さん!母さん!」
 僕は急いで走りより、父さんの肩をさっき看護婦さんにもしたよりも、さらに強く揺すった。
 「姉さんは?姉さんはどこだよ!無事なんだろ?」
 「晃久・・・姉さんは、な」
 意味不明の表情を浮かべて、父さんは言った。
 「何だよ。はっきり言えよ」
 「姉さんは・・・」
 駄目だ。父さんと話しても埒があかない。そう思ってふと横を見た時だった。
集中治療室の札が、僕の目に飛び込んできた。そして、その下には、姉の、『井百合華』のプレートが下がっている。
 「姉さんが、ここに」
 引き寄せられるまま、僕は姉さんのいる病室へ近寄った。他の部屋と比べてそのドアには中を覗けるような窓はなく、確かめたければ開けて見ろといいたげに、ノブだけがついていた。
 「晃久、あのな」
 ノブへ手を伸ばしたところで、僕は動きを止めた。決して父さんに呼び止められたからではない。怖かったのだ。部屋の中を覗くのが、どうしようもなく怖かった。
 「・・・何?」
 今にも消え入りそうな声で、僕は言った。
 背中から、沈黙が重くのしかかってくる。僕は瞼をぎゅっと閉じると、自分に言い聞かせるように、汗で滑るノブを一気に回した。
・・・きっと、ここを開ければ、姉さんが笑いながら私ってドジねって笑いながら言ってくれる。
 ドアが開いた。
 目を閉じたまま、一歩、中へ踏み込んだ。廊下よりも、ジメッとしている。
暗闇の中から、何か機械が動くような音が聞こえてくる。よくテレビでやっているような、ピッピッピッというあれだ。僕はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る目を開けた。

 目の前が真っ暗になった。

 目を閉じていた時よりも、暗黒だった。
 吸い込む息が冷たくなって、全身に鳥肌が立った。僕は弱々しく首を振りながら、後ずさり、そして背中に壁が当たると、その場へズルズルと座り込んだ。
立ち上がる力なんて、これっぽっちもなかった。まるで首より下が、コンクリートで固められたかのように、僕は呆然とその場で息をしていた。
 僕が見たもの。
 それは何よりも残酷な、姉の姿だった。
 ベッドの上で体中を血の通ってない冷たい機械で包み、彼女は眠っていた。
顔色も死体のように青白く、頬には大きなガーゼが張られている。これで本当に生きているのかと、一瞬、目を凝らしてしまったほどだ。


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