時計屋の爺さん-1
ご覧の通りワシももう歳じゃ。体中皺だらけ、歯も抜け落ちて入れ歯じゃし、髪の毛も抜けて、このとうりハゲ頭じゃ。体力だってありゃせんよ。
それでも、むかしはけっこう暴れまわったもんじゃぁ。ワシの若いころを諸君が知ったら、きっと驚くじゃろうが、実はワシも良くは覚えとらん。
ワシは手先が起用だったでな、時計屋なんぞもやっておる。大きな古い柱時計から、高級な腕時計まで、なんだって修理できる。細かい細工は勿論、手を加えて、どんな改造だってお手の物じゃ。
ワシの唯一の楽しみと言えば、近所の赤提灯で一杯引っ掛ける事じゃろうの。神社の裏手にある居酒屋で、一番安い焼酎を2杯、さかなは炙(あぶ)ったイカでも有れば十分じゃ。
「うぃ〜〜。今日はちと飲み過ぎたわい」
”ドンッ!”
「何じゃこんな所に、車なんぞ停めよってからに。邪魔でかなわん」
「おい爺さん! なに人の車にぶつかってんだよっ! キズがついたじゃねーか!!」
「おんやぁ…… この車はお兄さんのじゃったのかい。それはすまんかったの。フォッホッホッホ」
「てめーぇじじいーー! 笑ってんじゃねーぞ、こらぁ!」
最近の若いもんは短気でいかん、ワシがちょいと、停めてあった車にぶつかったくらいで、直ぐにキレおる。
「こらーぁじじいーー! 修理代払えってんだよっ!」
そして直ぐに暴力を振るう。
ワシは腕っ節の強そうな若者に服の襟首を掴まれ、脅されたあげく、車の修理代をせがまれた。
「そうは言ってものう。ワシの様なじじいが、そんなに金なんぞもっとらせんよ」
「っんだと! じじいーっ! 舐めてんのかこらーーぁ!」
どうやら謝っても、かんべんしてはくれないらしい。
「……そうじゃ! 現金は無いがの。変わりにこれをお前さんにやろう」
ワシは左腕にはめていた、金色の腕時計を外すと、怒り心頭な若者にそれを差し出した。
「なんだそりゃぁ!」
「この腕時計はな『ロメックス』のビンテージ物じゃ、これを質屋にでも持っていけば、20〜30万円には成るじゃろうて。ほれ、早よ受け取れ」
「ロメックスかよ! すっげーーぇ!!」
若者とは現金なもんである。ワシの差し出した高級腕時計を見るなり顔色を変えると、もうワシの様な老人には、興味は無いらしい。忙しく車に飛び乗ると、そのまま猛烈な勢いでもって走り去って、行ってしまった。
まあ何はともあれ、大した事にはならずに済んだわい。とにかく最近の若者はおっかないからのう、触らぬ神に祟りなしじゃ。
”ドッカーーーーーンッ”
……おっと、言い忘れとったが、さっき若者にやった腕時計じゃがな、あれはワシの腕から離れて5分も経つと爆発するように成っておるんじゃ。どうじゃ、なかなかおもしろい仕掛けじゃろ。フォッホッホッホォ!
さてと、酔いも覚めたことだし、帰って一風呂、浴びるとするかの。