Mirage〜3rd. Seperation〜-6
心の中では思っていても、決して口に出さなかった科白。出せなかった科白。隣からは周が息を呑む気配がありありと伝わってくる。
こういった事柄はもちろん軽い気持ちでそこら中に言い広めてはいけないということぐらいはわかっていた。けれど僕は周に一度聞かれただけで簡単に口を割った。もしかすると僕は誰かに話したかったのだろうか。少し前まではありえなかったことだ。
「頭ん中に大きい腫瘍が出来とって、完全に治るかもわかれへん。そんな病気、1万人に1人ぐらいしかかからへんはずなんに」
美沙の言葉ほとんど借りて話す僕の話に、周は黙って耳を傾けている。胸の前で腕を組んだまま、身じろぎもしない。
「あいつが泣いてるとこ、初めて見た」
周の眼に、僕はまるで老人のように映ったと思う。自分でもわかるぐらい自分の声は憔悴し切っていた。
「何も出来ひん。何の力もない。俺が何て言って勇気付けてもアイツには厭味か、もっと皮肉なものにしか聞こえへん。それに――」
「それに、何やねん」
静謐で、それでいて力強く低い声。怒気を孕んでいるのは明白だ。
「お前がそんなんでどないすんねん。一番キツいんは誰かなんてわかりきってるやろ。違うか? それをお前はこんなとこで何をごちゃごちゃやっとんねん。もっともらしいことグダグダ並べて、ほんまは目ぇ背けたいだけなんちゃうか? シャキッとせぇや。自分、変わったで? 自分じゃわかってへんやろ?」
そこまでを一口に言うと、周は僕から視線を逸らすと大きく息を吸い込み、長く息をついた。ふぅ、とも、はぁ、とも取れるため息が大きく尾を引いて消えると、
「前までのお前は、強かったで。俺が何ぼつついても自分の世界から出て来ぇへんし、まるで表情も変えん」
と言って僕の顔にもう一度目線を向けた。
「強情で無愛想やって言いたいんか?」
「せやな。そうとも言える」
途中で言葉を遮った僕にも何の痛痒も示さず彼は頷いた。流石に僕にも彼は千夏と同じことを言いたいのだということも分かっていた。
「それはそういう言葉を用いるからあんまし良く聞こえへんだけであってな。俺に言わせれば、お前は『頑な』で『一途』なんや。良くも悪くも、な」
言い終わった後、周はにやっと唇の端を持ち上げて笑った。僕もつられるように口の片端を上げた。
「行くわ」
僕は言った。
「チャリの鍵、下駄箱に入れてあるからな」
立ち上げる僕にそう言った彼が満足そうにコンクリートの床に大の字のように寝そべるのを視界に収めながら、僕はまた駆け出していた。