Mirage〜3rd. Seperation〜-2
人間の幸福の二つの敵は苦痛と退屈である。
そう言ったのは、どの国の哲学者だっただろうか。僕は屋上でぼんやりと横になりながら、そんなことを考えていた。
美沙が入院して2週間余り。美沙が入院先の病院名を明かさなかったため、僕は全く連絡を取ることが出来ずに時間を消化していた(もちろん、携帯にも繋がらない)。
「まーたこんなとこでサボってる」
心地のよい春の日差しを遮り、頭の上から黒い影が近づいてくるのが目を閉じたままでもわかる。僕は顔を顰め、一つ舌打ちをしてのろのろと身体を起こした。
「委員長が一体何の用やねん‥‥」
僕が上半身を起こしきると、そこには黒髪を後ろで結い上げた女子生徒が凛然と佇んでいた。
千夏は2年に上がってからはクラスの委員長を務めていた。僕には全然関係の無いことではあったけれど。推薦に押し切られて決定だったらしい。それが決まった始業式の日、彼女は参った、と言って照れくさそうに頭を掻いていた。
「あんた最近授業まともに出てへんらしいやんか」
そんな委員長様は僕の質問を軽く無視し、何の断りも無く僕の隣に腰を下ろした。膝を抱えたその姿勢は、恐らく前から見れば藍色のチェックのスカートの奥まで見えてしまうだろうが、僕たち以外に誰もいない屋上では気にする必要は無いらしかった。
「お前だって委員長のクセにサボってるやんけ」
「うちは品行方正やからたまにはええねん」
自分で言うな、と呟くと千夏の拳が飛んでくるが、それをスウェイで躱す。
「あんた、美沙が学校来ぇへんくなった途端、前までより腑抜けた人間になってしまいよったな」
いくつか癇に障る部分はあったが、あえて放置する。
「美沙の居場所、教えてあげようか?」
僕は弾かれたように隣に座る幼馴染を見た。彼女は涼しい顔で風に翻弄される前髪を気にしていた。
美沙の、居場所?
「‥‥冗談です、とか言いよったら、本気でシバくで?」
「そんなセコい嘘なんかつくとでも思ってんの?」
知っている。
彼女がそんなつまらないことで俺を怒らせるような真似などしないということぐらい。
「教えて、ほしい?」
千夏は探るような目で僕を見ている。馬鹿か、答えなんて決まっている、と僕は心の中だけで毒づいた。
「頼む」
思えば、これが僕が千夏に頭を下げた初めての瞬間だった。