夕食とその後の一幕-1
時刻は18時半。日中は無かった深緑色のカーテンがテラス窓の前を覆い、LDKの一室には照明が灯る。
長方形のダイニングテーブル越しに、最短の長さで向き合って小夏と遥太は座っている。
二人の前には今日の晩御飯のメニューが並ぶ。白ごはん、タルタルソースの掛かったチキン南蛮、大根のお味噌汁、きんぴらごぼう。全て小夏の手作りだ。
遥太は、憧れの女性の手料理を舌鼓を打って堪能している。
「美味しい?」
小夏は遥太の顔を見ながら尋ねた。
「はい!すごく美味しいです!」
遥太は箸を右手に持って、嘘の混じりっ気もなく本心からそう告げた。
「そ。私も久しぶりよ。自分以外の為に晩御飯作って、一緒に食べるのなんて本当に久しぶり」
皮肉めいた言い回しながら、小夏の機嫌は良さそうだ。
一方で、小夏の言い回しに違和感を覚えた遥太は思い切って訊いてみる。
「えっと、旦那さんにお料理は?」
「あの人は連絡を寄越さない時は外食派なの。だからほとんど外食よ」
「‥‥でも休日の時くらいは一緒に食べますよね?」
「普通ならね。でも、喋らないのに顔合わせて食べるのって罰ゲームみたいで嫌でしょ。だからご飯だけ作って、別々の時間に食べてるの」
「あ、そうですか‥‥」
遥太は瀬尾家の食事時の事情を知ると、箸を持ったまま顔を俯く。
目の前に居る女性は既婚者でありながら家では独りだ。本人は大して気にしていないようだが、知らずの内に孤独感を抱えている。
遥太自身は家に両親が居るが、学校では颯人がいなければ常に独りだったかも知れない。
だから、自分が居る時くらいは彼女の孤独感を和らげてあげたいと思った。
「‥‥?どうしたの?」
小夏は黙り込んだ遥太をじっと見つめている。
遥太は、顔を上げるとはっきりと言った。
「小夏さん、僕に何か出来ませんか?」
「え?」
「小夏さんの為に出来る事、してあげたいです。僕じゃ頼りにならないかも知れませんが‥‥」
遥太の思いの丈を聞き終えると、小夏は目を細めて答える。
「ありがとう‥‥。今はその気持ちだけ受け取っておくね」
小夏からのお礼の言葉。だが、それとは裏腹に遥太はまだ彼女との距離感を感じて何とも言えない表情になる。
「(立場上はセフレとはいえ、まだ高校生だからかな‥‥)」
もっと身も心も近づけば、或いは弱音の一つや二つは吐いてくれるかも知れない。
だったら、僕のする事は――。
遥太は胸中で何かを覚悟を決めると、箸を使ってお茶碗のご飯を勢いよく口の中に掻っ込んだ。