夕食とその後の一幕-3
浴室から戻って来た小夏は、ソファーに座る遥太の隣に腰を下ろして一緒に旅番組を観ている。そこにはさっきお風呂を沸かしに行く前の悲しい表情はなく、客観的に見てすまし顔だ。退屈そうに見えなくもないが、少なくとも不機嫌ではない。
遥太は小夏が隣に座って居るという天国を堪能していた。
「(良いなぁ。小夏さんと一緒に座ってテレビ観るの。これってまるで――)」
本当に付き合いたての恋人か同棲する夫婦のようじゃないか、と胸中で遥太は思う。実際は恋人以前にまだセフレで、それ以上でもそれ以下でもない。だが、気持ちは恋人以上を目指して日々精進していく腹積もりだ。
普段なら遥太はこれほどまで積極的な思考にはまずならない。相手が小夏だからなのだ。更にいえば、今日の小夏は前に見た時と違って左手薬指に結婚指輪が無い事が遥太の妄想に拍車をかけている。
「あっ、汐凪元也だ。ウチの母さん大ファンなんですよね」
テレビ画面に知っている芸能人が映り、遥太は思わず指差す。
「へぇ、そうなの?じゃあ、遥太くんのお母さん私とドラマの趣味合うかもね」
小夏はチラッと遥太の方を見てからまたテレビ画面へと視線を戻した。
番組では若手実力者俳優である汐凪元也が、駅前でシークレットゲストとして出演者らに出迎えられて旅番組に参戦していた。駅前では若手実力者俳優の登場に、ギャラリーの奥様方が黄色い声援でその場を盛り上げる。
「遥太くんは普段ドラマ観ないの?」
小夏は尋ねる。
「僕はアニメ派ですね。最後に観たドラマは‥‥えーと覚えてる限りだと、関東テレビ系列やってた"裁きのエース〜断罪の捜査官〜"ですかね」
「裁きのエース‥‥あぁ、それってだいぶ前のドラマよね。確か主演は風切章介(かざきりしょうすけ)か。あの人の演技力は凄かったね。どれくらい前に放送してた作品だっけ?」
「えっと確か、僕が小学校の高学年の時だった時ですから‥‥多分6、7年くらい前に放送していた気がします」
「そんな前なんだ。時期的には私がまだ会社員やってた頃か。懐かしい」
小夏は口元に握った拳を付けて、昔を懐かしむように目を細める。
遥太はこの自然に過去の話が訊けそうな流れで、小夏の恋愛事情も訊いてみたくなった。
「‥‥この機会だからお尋ねしますけど、小夏さんってお付き合いしてた人います?」
「ん?学生時代には一人と付き合ってた。同級生の男の子でね、クラスで五番目くらいにはカッコイイ子。処女もその人に捧げた」
「へ、へぇ‥‥」
サラッと語られた相手は、なんと小夏がが処女を捧げた相手であった。遥太は表面上平静を装いながら、その相手に内心では嫉妬の炎を燃やす。
「二ヶ月くらい付き合ったんだけど結局、隣のクラスの子と上級生の先輩の三股掛けてる事分かってすぐに別れちゃった。それが切っ掛けで浮気癖ある人嫌いになったのね」
「なるほど‥‥」
遥太は胸中でその学生時代に付き合っていたという元カレに「貴方はなんて勿体ない事をしたんですかねぇ!?」と言って煽ってやりたくなる気分に駆られた。
「会社員時代には別の部署の一歳年上のインテリ系の男性と付き合ってたけど、風俗嬢に貢いでいてその人を妊娠させたのが分かって、責任取りたいからって言う理由で別れたのよ」
「‥‥そうですか」
続いて語られた会社員時代に付き合っていた彼氏には「不誠実ですが、小夏さんを妊娠させなかったのはGJです!彼女とせいぜいお幸せに!」と遥太は胸中で妙な感謝をした。
「それで暫くしてからお見合いして、今の夫に至るって感じかな?選んだ旦那は堅物系で、仕事には真面目でも家では何の面白みもない人。そして、そんな人を将来の夫へと選んだ自分」
小夏は自嘲気味に笑う。
「‥‥‥‥」
先程は強気な文句を胸中で思っていた遥太であったが、今の夫婦関係を結んでいる現在の夫に関しては、複雑な心境であった。
何でこんな美人な妻を放置しておけるんだ、とか。もっと小夏さんを大切にしてやれ、とか。人並な文句の一つや二つは言ってやりたい気分ではある。
だが、そのおかげでこうして小夏と親しい関係になっている事もまた事実である。
なにせ、小夏と彼女の夫が夫婦円満だったなら。自分が入り込む余地などそもそも無かった筈なのだから。
だからこそ、今あるチャンスを無駄にしたくはない。
遥太は話を訊いている間に膝の上に乗せていた手をギュッと握って拳を作った。