夕食とその後の一幕-2
夕食後。リビングテーブルのソファーに腰掛けている遥太は、小夏が洗い物を終えるまでテレビ番組を観ている。
観ている、とはいうが時々はリモコンで適当に番組を変えていてたまたま合わせたのが今選局したチャンネルというだけだ。
その番組は所謂旅番組のカテゴリーで、芸能人がサイコロを振って出た目の数分だけ次の駅を進めるという主旨の内容だ。遥太はこの番組のファンというワケではないが、他のがニュースだのバラエティーや演歌だったりするので観るのが無くて退屈しのぎにに仕方なく、という具合だ。
「あっ‥‥遥太くん。ほっぺにタルタルソース付いてるよ」
洗い物を終えた小夏が、リビングテーブルの近くまで戻って来て隣に立つと、遥太の右頬を見て指摘する。
「えっ?」
遥太は振り向くとどっちの頬かと右と左の頬に触れようとするが、触れる位置が悪くて全く掠りもしない。
「私が取ってあげる」
小夏は右手の小指の先を使って右の頬から拭い取ると、ペロッと舌で舐める小夏。それを間近で見ていた遥太は思わず一言。
「今のはちょっとエッチでしたね」
「‥‥そう思うのは単にキミが日頃からそういう考え方をしているだけじゃないの?」
小夏はジト目で遥太を見下ろす。
「いや、小夏さんはエッチですよ。性的な魅力が有り余って僕の心を乱しまくりです。眺めているだけで興奮しちゃいます」
遥太は少々くどすぎる表現で小夏を称賛する。
「よくもまぁ、そんなに私を褒める言葉が出てくるわね‥‥。ま、悪い気はしないけどね」
小夏は少し呆れた様子であったが、言葉通り悪い気はしていないようだ。遥太はそんな彼女に向けて告げる。
「だって僕、小夏さんのこと好きですから」
「‥‥そうだよね」
小夏は思わず口元を綻ばせる。
そんな二人の空間に割って入るように、スマホのメッセージアプリのピロン♪という通知音が鳴った。
遥太はすぐにズボンのポケットから自分のスマホを取り出して確認したが、自分の方にメッセージは来ていなかった。
ふと隣に立っている小夏を見ると、同様にスマホの画面をタッチして弄っている。どうも、メッセージが届いたのは彼女の方らしい。
「誰からです?」
小夏がスマホを弄るのを止めた直後に尋ねる遥太。
「ん?夫からだった。会社から家に帰って来るってさ」
「えっ‥‥?」
その答えに遥太は動揺して目を見開く。
遥太は小夏が既婚者な事を分かっているようで、分かっていなかった。
普段、すなわち日中は家を空けていても夜に仕事が終われば家に帰って来るということを。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。キミの靴はちゃんと隠しておいたから」
「いや、それはありがたいですけど!」
尚も焦っている遥太に向けて、小夏は「大丈夫」と言って落ち着かせる。
「だって、あの人私に一切無関心だから」
その時の小夏の表情が、寂しそうで同時に悲しそうにも遥太には見えた。
思わず遥太は彼女の名前を呼ぼうとしたが、それより速く小夏は動く。
「私、お風呂の湯沸かし器のスイッチ入れて来るから」
そう言って背を向けると小夏はフローリングの床をスリッパの音を鳴らしてLDKの部屋から出て行く。
残された遥太は、小夏の後ろ姿を見送ったままその場で固まると、
「あ、小夏さん‥‥」
漸く言えた想い人の名前を、遅すぎるタイミングで呟くのだった。