小夏、遥太を部屋に誘う-3
「蘭さん、他に何か言ってました？」
「おかげで自棄酒は呑まないで済むってさ」
「あ、それは良かったです‥‥」
小夏は許してくれて、蘭も自棄酒を呑まなかった。両方の意味で遥太は心の底から安堵する。
それは、少なからず小夏の方も同じようで饒舌に語り出す。
「良かったのは私の方よ。だっていくら何でも大して親しくもない男子高校生相手にいきなり発情するなんておかしいって思ってたもん。体だってやけに重く感じたし‥‥あれを媚薬のせいじゃなかったら何だって話よ。体が欲求不満だったとしてもね」
「あー、セックスレスって話でしたからね」
蘭との話を思い出して納得したように言う遥太。
「え‥‥？蘭ってば私がセックスレスだって事までキミに話したの！？」
小夏は目を見開いて遥太に訊ねる。
「あ‥‥！？」
遥太は失言だった、と思って手で口を慌てて押さえるがもう遅かった。
小夏は今にも首根っこを掴みかねない勢いで遥太の目の前まで近寄ると、肩を掴んで問いただす。
「どこまで訊いたの！？私と夫の事！」
狼狽えている小夏の姿は年齢よりも若々しく見えて、悪いと思いながら可愛いと思ってしまった遥太は、口角が上がるのを堪え切れないまま言う。
「は、颯人と一緒に訊いてましたけど、相談内容からのあくまで予想って言ってました‥‥」
「え、手白木颯人も知ってるの！？そっちの方が私は嫌！」
颯人の名前を出すと、小夏は嫌悪感を露わにした。
友人としては色んな意味で本当に複雑な思いがある遥太だが、ぼっちな高校生活にならないでいられる恩人である為、ここまで嫌う理由を逆に訊いてみたくなった。
「そんなに嫌いなんですか？性癖は‥‥問題ありますけど、友人の僕が言うのは何ですが見た目は結構イケメンだと思うんですけど」
実際、クラスメイトの女子の柿沼亜沙子は惚れていたようだし、少なくとも遥太は自身よりはカッコイイ容姿であるとは思っていた。
「見た目は別に大して興味はないの。彼が一人じゃなくて多数の人妻に手を出す時点でもう無理だって思うのに、それを何とも思っていなさそうな所が尚更気に食わないのよ。どんな手段を言葉を使ったかは知らないけど、相手だって家庭を抱えているだろうに自分の性癖の標的にする所がね」
要約すれば一途ではなく節操が無い所が嫌だという事、らしい。
「そうなんですか‥‥」
遥太は口では納得しながらも、胸中では小夏が見た目を気にしないタイプなのは意外そうに思っていた。
しかし、よくよく考えてみればおおよそ目立たない自分なんかとセフレ関係になるくらいだから、よっぽどの物好きだなとも思っていたので、遥太としては長年の疑問が解けた瞬間でもあった。
「（セフレ、か。‥‥そういえば僕、小夏さんとセフレなんだよな。まだ全然実感が沸かないけど）」
遥太は目線の高さを合わせている目の前の人妻とセフレになった事がまだ信じられなかった。自分がではなく、当人がそう宣言したので尚更だ。
本人を前にしてもそれは変わらなかった。
ただ、目の前に居る女性を見て遥太は思う。
自分の瞳が瀬尾小夏を映し、瀬尾小夏もまた瞳に自分を映している。それだけで遥太は満ち足りる気持ちになって、十分過ぎる喜びを感じ取っていた。
「遥太くんどうしたの？私の顔、じっと見て。私の顔に何か付いてる？」
小夏が不思議そうな表情で遥太を見つめる。
「あ、いえ‥‥何でも‥‥」
そんな表情もまた堪らず、遥太の心を掴んで放さない。
「ふーん？」
小夏はそれ以上は訊いて来なかった。その場から立ち上がって遥太を見下ろす。
「‥‥さっきの話の続きだけど、もし、私と付き合う気ならキミも覚えておくといいよ。私は一途な人の方が好きだから」
そう言うと、小夏は床を歩くスリッパの音を鳴らしてキッチンの方へと歩いて行く。
すると遥太はそのスラッとした後ろ姿を、主にデニム越しの足から上のお尻を思わず目に焼き付けようとした。すると、小夏が急に振り返る。
「そっちのソファーに座ってテレビでも観ててよ。今日のキミはお客様なんだから」
彼女からの提案に、遥太は照れ笑いを浮かべて誤魔化すのだった。