Drive on Saturday-2
「これ見てー、かっわいいー」
店内に俺を引っ張り込んだしのちゃんが空いている左手でパステルカラーのプリーツミニを指差す。なぜかさおりさんじゃなく、俺の顔を見上げながら。宿題ひとりでちゃんとできたことを褒めたときに「じゃーあ、お洋服買ってくれる?」とキラキラした瞳で言われてついうなずいてしまったんだけど、ちゃんと覚えているんだな。夏のボーナスどんくらい残ってたっけ。アウトレット価格だからどうにかなるか。
そんなセコい考えの一方で、心のどこかでしのちゃんが買いたい服や物は全部買ってあげたい、とも思っていた。綾菜ちゃんとのことは、浮気なんかでは決してないけれど決してしのちゃんやさおりさんに説明できる内容でもない。それこそ墓場まで持っていくレベルのことだけに ―それも二回も― しのちゃんに直接謝ろうにも謝れない。なら、せめてしのちゃんの言うことをなんでも聞いてあげることによって贖罪したい。ああ、どうしようもなく自分勝手な理屈だな。
俺のそんな情けない内心を知る由もないしのちゃんは、プリーツミニに似合うトップスをさおりさんとあれこれと選んでいる。さおりさんが広げたピンクのキッズセーターを胸に当てる。左手でセーターを押さえながら俺を見上げて
「似合う?」
と、「う」の形で唇を止めて言う。こんなかわいい顔で声で聞かれたら全力でうなずくしかないじゃないですか。
「よかったねしの、じゃあこれ候補ね」
さおりさんそんな、他人事みたいに含み笑いしないでくださいよ。
結局アウトレット内の子供服ショップを五軒まわり、最初のALGYで見つけた上下と別のショップで五色からさんざん悩んでネイビーに決めたマウンテンパーカーの三点をお買い上げになった。ショッピングバッグをふたつ手にしたしのちゃんはもう文字どおりの喜色満面だ。
「ありがとーお兄ちゃん。次のデートに着ていくね」
左手にショッピングバッグ、右手に俺の左手を握りしめたしのちゃんの表情は、宿題のことを褒められたとき以上にうれしそうだ。思わずしのちゃんを抱きしめそうになってあわてて自重する。いくらさおりさん公認でも、親の目の前でベタベタしすぎるのはちょっと、まあ。考えすぎかな。
しのちゃんに回そうとした手が行き場を失い、古畑任三郎みたいなポーズになって空中で止まる。傍から見たらたぶん間抜けだ。
「ええー、あ、いや、そろそろご飯に」
喋り出しが一瞬田村正和のモノマネみたいになってあわてて引き戻す。いよいよになったら渾身のボケということにして誤魔化そうと思ったけど、古畑任三郎を知らないしのちゃんは当然としてさおりさんも気づいていない様子だ。
「うん、そうしましょう。お腹すいた」
「あたしマックがいいー」
他の選択肢を許さないしのちゃんの声に引っ張られて赤い看板をくぐり、結構久しぶりにハンバーガーを食べる。しのちゃんの唇にくっついた月見バーガーの黄身をさおりさんが指でなぞって落とす。ああそれ、俺がやりたかったのに。
「お兄ちゃん、あーんして」
しのちゃんがフライドポテトをつまんだ指先を俺の顔に近づける。そのポテトをぱくり、と噛んでからさおりさんの視線に気づいた。笑ってるかな、と思ったら、まあ笑ってはいるんだけど、なにか微笑ましいものを見たときの笑顔になっている。
「すっかりラブラブだね」
ミニッツメイドの入った白い紙コップをテーブルに置きながらさおりさんが言った。しのちゃんが恥ずかしそうに笑いながらさおりさんの身体にもたれかかる。その小さな肩をさおりさんが左手で抱く。しのちゃんに外が見えるようにと俺が窓側に座っているから、この微笑ましい親子の姿は店内では俺だけが独占している。マックのコーヒーって馬鹿にしてたけど、香りも濃くて結構うまいのな。
さおりさんに抱かれながらしのちゃんがファンタメロンをストローで吸う。俺と目があって、照れくさそうに目線をそらす。ああ、かわいい。このアウトレット内のすべてのキッズウエアを買ってあげたくなるくらいにかわいい。でも実際にはせいぜい追加でマックフルーリー、せめてちょっと高い超オレオのほうを買ってあげるくらいしかできないけど。いや、チュロスも付けちゃえ。お兄ちゃん甘やかしすぎ、と言う割にはさおりさん真っ先にチュロスに手を伸ばしたな。
「お兄ちゃんにもひとくち食べさせてあげるー」