ザ・レジデンス鶴来-2
瀬尾小夏はピンク色のスリッパを履いて、玄関先にあるスリッパラックに抹茶色のスリッパをセットし終えた。
「(うーん。私のも買い換えれば良かったかな‥‥)」
セットしている間に自分のを買わなかった事を軽く後悔した小夏。だが、さすがに一緒のカラーリングだと間違うだろうし、自分のはまた違う色の奴が欲しいと思った。
「(ま、いいか。今度時間ある時にまた買えばね)」
小夏は楽観的に考えた。玄関から踵を返そうとすると、背後からインターホンが鳴る。
「蘭かな‥‥?はーい」
小夏は玄関先からLDKに戻って、固定電話の近くの壁に設置しているインターホンの通話ボタンを押して、モニター越しに来客者を観る。
そこには先程、インターホンのカメラ越しに観た一人の女性が立っていた。髪は金髪のロングヘアーで、派手な赤いスーツを着た見覚えのある女性だ。彼女はクリーム色のハンドバッグを肩に提げて立っている。間違いなく小夏の友人、野畑蘭だ。
小夏は玄関先まで戻ると、サンダルに履き替えてドアのチェーンを外してから、施錠したつまみを捻ってロックを解錠してドアを開けた。
「やっほー!宣言通り近くまで来たから寄ったよ」
手を挙げてフレンドリーに挨拶する蘭。
学生時代からの変わらない軽いノリである。学生時代を知る小夏は、あの頃に戻ったような錯覚に陥りそうになる。
「ま、別に良いけど‥‥何か最近やたら会う事多いわね」
小夏はドア先で出迎えると、友人を家の中に招き入れた。
サンダルを抜いで再び、ピンク色のスリッパへと履き替える。
「‥‥あれ?スリッパ買い換えたの?」
スリッパラックを指差して蘭は尋ねる。
「前に街中で会ったでしょ。あの時にホームセンターで買ってたの」
「あぁ、あの時か」
蘭は手をポンと叩いて納得する。
そう言うと小夏は、ややぶっきらぼうに蘭の分のスリッパを足元に放り投げる。
「あら、小夏ちゃんご機嫌斜め。もしかして急な来客のせい?」
「他にもあるけど、自分でそう自覚してるなら反省して」
小夏はそう言うと先に、玄関からLDKの部屋の奥へ歩いて行く。
「えっと、それじゃあちょっとだけお邪魔しますー」
提げていたハンドバッグを片手でクルクルと振り回しながら同じように歩いて行く蘭。
「‥‥すっぽ抜けて物に当たったら危ないから、回しながら歩くの止めてよ」
小夏は後ろを振り返って振り回していた蘭を注意すると、リビングテーブルの方へ案内すると、いつも自分が座っているソファーから向かって左手側の一人分のソファーの方へと座らせた。
「何か飲む?」
「あー、別に良いよ。ちょっと話したらすぐに帰るつもりだし」
「そういうワケにはいかないでしょ。コーヒーでいい?」
「うん」
小夏はキッチン側の方まで歩いて行くと、自分のマグカップと来客用のティーカップを取り出して台座に置く。そして、ティースプーンとコーヒーの瓶を手に取った。
蓋を開けると、中の粉末をティースプーンですくって両方に同じ量だけ振りかけて同じようにお湯を注ぐ。すぐに周囲にはコーヒーの香りが漂う。小夏はカティースプーンで30秒ほどそれぞれのカップをかき混ぜた。
小夏は自分のマグカップとティーカップを小皿の下に置いて、両方共持ち運び用のトレイの上に乗せる。端っこを手で支えると、慎重な足取りでそーっと運んで行く。
リビングテーブルでは蘭が今か今かと足をばたつかせて待っている。年齢の割に落ち着きのない友人である。
「あ、小夏ちゃん。私、コーヒーのつまみにお菓子も食べたいなーなんて」
ようやくリビングテーブルに着いて先に蘭のティーカップを配ると、彼女自身がそんな事を頼んで来た。
「え、お菓子?何かあったかな‥‥」
小夏は自分のマグカップをすぐにテーブルに置いて位置調整もする間もなく、トレイを片手に踵を返して急いでキッチン側へと戻る。
戻る間にコーヒーに合うものと考えると、キッチンの棚の下にバタークッキーの箱をしまっていたことを思い出す。
その場所を探すと、予想通りあったバタークッキーの箱があった。取り出して中身を開ける。クッキーは一つ一つが小袋に入っているものだ。その際に一応賞味期限も確認したが十分に余裕があった。幾つか手に取ると、食器棚から手頃な大きさの皿を取り出してバタークッキーを移し替えた。皿ををトレイの上に乗せると、小夏は少々駆け足気味にリビング側へと戻る。
それを持って戻って来る頃には、蘭はコーヒーを飲んでリラックスしていた。
「はい、これ」
小夏はテーブルのやや蘭側の方に皿を置いて、クッキーを取り出しやすくした。
「あ、どうもー」
蘭が軽くお礼を言っている中で、小夏はようやく定位置のソファーに腰を下ろした。