『鬼と、罪深き花畜』-1
(1)
高校の美術教師だった黒岩譲二……僕が一生涯忘れられない名前です。教師とは思えない鬼畜のような執念と猥らな欲情をぶつけてきて、僕の人生をすっかり変えてしまった画家崩れの教師でした。
「ミツル、おとなしくしろ」
夜の7時に部活が終わって学校のトイレに入った途端、美術部の顧問をしている黒岩先生に背後から抱きつかれたんです。先生は僕のことをずっと狙っていて、トイレに入った僕の姿を見て、すぐに追いかけて来たみたいです。
「何なんですか、先生っ」
僕は背筋が凍えるほど寒くなっていました。それまでに二度、先生の絵のモデルになってくれないかと頼まれたことがありました。でも、先生の昏く濁ったような目の色がなんだか気味悪くて二度とも断っていたんです。
「おまえを見てるだけじゃ、もう我慢出来ねえんだ」
先生は口唇を僕の首筋に押し当てながら、気持ちの悪いセリフを吐いてきたんです。
「な、何てことを言うんですか」
「俺はな、おまえを手に入れるためなら、どんなことだってすると決めたんだ」
まるで女を口説き落とすようなセリフを口走りながら、シャツの上から僕の胸のあたりをまさぐってきました。
「や、止めて下さいっ」
トイレの外に声が洩れるのが嫌で、僕は小さな声で哀願するように言ったんです。
「へへっ。何があろうと俺は止めない。もっと大声で助けを呼んだっていいぜ。教師の仕事なんて惜しくもないんだから」
黒岩先生は僕の耳に齧りつくようにして囁いてきました。
「気持ちわるいこと、しないでっ」
僕は身体を激しく捩って、先生の腕から逃れようと必死でした。
「どうしておまえの口唇はいつもこんなに赤く濡れて、光ってんだよ」
「ど、どうしてって……」
「女の子の口唇みたいにカワイくて、エロいじゃねえか」
「変なこと、言わないでっ」
黒岩先生の教師とは思えないおぞましい行動と乱暴な言葉遣いにビクつきながら、必死で抗っていました。でも大人の男の腕力には到底敵わないのです。僕はクラスの女の子よりも骨格の細い、痩せぎすのモヤシのような身体つきです。ウェストなんか簡単に折れそうなくらいクビレてるとよくからかわれるんです。
街を歩いていて変な男の人から嫌らしい口説かれ方をされたことも何度かありました。でも、学校の先生に襲われるなんて夢にも思ってなかったんです。もっと大声を上げて助けを呼ぶべきだったのでしょうか。でも、こんなことが学校に知れ渡ると自分も赤っ恥をかくような気がして、誰にも知られたくなくて、どうしても大声が出せなかったのです。
「へへっ。あそこに入るぜ」
先生は僕の腕をがっしりと掴んで、トイレの個室に強引に連れ込もうとしたんです。
「乱暴は止めてっ」
僕は顔面蒼白になっていたはずです。恐ろしい予感がして、全身が震えていました。
「乱暴されたくなかったら、静かにすんだよ」
黒岩先生はがっしりとした筋肉質の大柄な体躯です。僕の47kgしかない身体を抱きかかえるようにして軽々と個室に運び込みました。
「おまえほど美しい奴はこの世にいねえんだ。おまえだって、分かってんだろ」
黒岩先生はそう言いながら、個室のドアをロックしたんです。
僕はママにそっくりなんです。とっても上品で類い稀な美貌のママに似て、色白の顔をしています。男の子らしくないとよく言われます。女の子に生まれてさえいれば、この美貌も、極端なくらいスリムな身体も、もっと誇らしいものに思えたに違いありません。
「先生……な、何をする気」
すっかり脅えきっている僕を黒岩先生は凄い力で抱きしめ、そして信じられないことにキスしてきたんです。まるで女を犯すみたいな嫌らしい舌を使ったキスでした。
僕のファーストキスは風変わりな風貌のボサボサ頭の美術教師だったのです。