『鬼と、罪深き花畜』-9
「先生、今日はそんなことはしないで。僕の肌には触れない約束でしょ」
「うっ、ああ……わ、分かった」
先生が僕のことをこの世で一番美しいと思ってくれているのなら、僕のことをもっと大事に扱ってくれてもいいはずだとその時は思ったんです。
「先生、化粧はしなくてもいいのですか」
「化粧なんかおまえに要るものか。このままで十分だ。十分すぎるほどの甘い香りがプンプンと匂ってるさ」
「でも、背徳のエロスの香りって、先生は先程おっしゃっていたじゃないですか。背徳って、どういうことなんです」
僕は鏡の中の自分の姿に猛烈に欲情していたんです。一人っきりなら間違いなく猥らなオナニーに耽っていたはずです。こんな欲情も背徳なのでしょうか。
その猥らな欲情が僕の眉間や瞳の奥深くに滲み出ているのが分かりました。
「ミツル。俺はな、俺はおまえをモデルにして、エロスの美の極致を描きたいんだ。俺の思いが分かるか」
「分かりません」
「童貞のおまえにゃ、蕩けるような性の快楽なんて言ってもまだ分からんだろうが。花が開く前の蕾のおまえが、爛れるような官能に溺れていく瞬間の姿を俺は描きたいんだ」
「まだよく分かりませんが、先生のお好きなようにして下さい」
もう一度前髪を左手で掻き上げてから、僕は化粧台の前から離れました。だってこれ以上鏡の中の自分を眺めていると、僕の胸に溢れ返っている猥らな欲情が爆発を起こしそうな気がしたんです。
「へへへ。好きなようにってか。よくぞ言ってくれたもんだ、ミツル。今日は、おまえのこの真っ白い身体に、縄を打たせてもらうぞ」
「僕は縛られるってことですか」
「そうだ。息が出来んほど苦しいはずだ。骨がきしむほど痛いかもしれん。だが、それにどこまでも耐えてみせろ」
先生は僕の返事も聞かずに壁際の棚の中から真っ赤な縄の束を取り出していました。
その赤い縄の束を見せられると、なんだかゾクゾクッとしました。背中に邪悪な虫が這い上がってくるような不思議な感覚でした。縄で縛られるなんて薄気味が悪いのに、嫌じゃなかったんです。
「縛られるなんて……嫌っ」
でも、口では嫌がってみせていました。
「そりゃあ、嫌だろうな。こうして、身体の自由を奪われていくんだからな」
先生は背後に回って、僕の両腕を背中で一纏めにして縛り始めていたのです。
「せ、先生はやっぱり非道い人ですっ」
「そうだ。俺は悪い男だ。悪い男に辱しめられる妖精のように美しい女がおまえだ」
先生の蛇のような目がギラギラと嫌らしく光っていたはずです。
「でも、ここはお庭からも丸見えなのに……」
「ふんっ。俺の女房の目が気になるのか。そんなに気になるほど志摩子に惚れたか」
「そ、そんなこと、ありませんっ」
「おまえが俺の女房に惚れて、二人で何をしようと俺は構わんが。但しだ、いいか、おまえは俺の女だってことだけは絶対に忘れるんじゃねえぞ」
「あああっ、やっぱり先生は僕を女としてしか見てくれないんですね」
両腕を背中で組んで厳しく縄を掛けられた僕は腰巻一枚だけの裸身を震わせて、邪悪な虫が全身の至るところに這い回る感覚に襲われていたんです。ムズムズするような、ゾクゾクするような耐え難い感覚です。その縄が僕の胸にグルグルと巻きつけられ、きつく絞めつけてくると呼吸も自由に出来なくなっていました。
何とも言えない不思議な世界に入り込んだのです。
「そうさ。おまえはどう見たって女そのものじゃねえか。俺が今までに見た最高の女だ。こうして縛り上げて、俺の縄が忘れられない女にしてやる」
首に架けられた縄が菱形を作って、僕の白い肌に喰い込んでいました。それを更にギュッと絞り込まれると骨がきしんでくるのです。
「あんっ。こ、こんなのダメッ。嫌っ……もうしないで」
僕は長い黒髪を振り乱して喘いでいたんです。縄で縛られて喘ぐなんて、信じられないような妖しい感覚でした。でも、なんだか空高く舞い上がっているような気分になっていたんです。
「へへへ……もうこの腰巻も邪魔なだけだな」
「ええっ。嫌あっ。取らないでっ」
腰巻まで剥ぎ取られた僕は素っ裸に等しい姿を晒したんです。僕の股間に喰い込んでいる透明ゴムのショーツはどこも覆っていないんです。縮みあがった肉茎を谷間に貼り付かせているせいで、女の身体のようにしか見えないんです。