憧れへの再会-2
「?あれ、遥太君じゃん。おーい遥太君!」
遠くに居た野畑蘭が遥太の存在に気づいて、声を掛けながら近づいて来る。
が、遥太の意識はまだ外界には無かった。いつの間にか頭を抱えながら独り言をぶつくさと呟いてる。見た目がお世辞にも爽やかな男子と言えないので、傍から見ると不気味な人に見えて通行人の一部は若干引いた目で遥太を避けながら歩いている。
「そんな‥‥そんな‥‥ぶつぶつ」
「おーい遥太君、遥太君ってば」
蘭は遥太の目の前に立つと、彼の顔の前で手を振る。
「けど、それなら‥‥僕の想いって‥‥」
「遥太君、遥太君。おーい、何を言っているんだ君は?」
彼女はさっきよりも早く手を振るが、遥太は自分の世界から出てこず、独り言を止めようとしない。
「しょうがないなぁ‥‥」
蘭はそう呟くと、自分の両手をそのまま挟めば彼の頬に当たる位置にそっと添える。
「ううぅ‥‥あぁぁ‥‥ぶつぶつ」
「遥太君!」
「あぶっ!?」
名を呼ばれた後で両頬に走った衝撃で漸く遥太は我に返った。気がつけば目の前には呆れ顔で立っている蘭の姿があった。
「あ、蘭さん‥‥」
「もう、さっきから呼んでたのに全くの無反応なんて。こんな街中でボーッとしてたら余計なトラブルに巻き込まれるよ?」
「す、すいません‥‥」
謝罪しながら遥太は、さっきまで見ていた洋服屋のお店のショーウィンドウの前をもう一度見る。既に、あの女性の姿は居なくなっていた。
「今日は颯人君と一緒じゃないの?」
蘭の問い掛けに、遥太は視線を彼女へと戻す。
「あ、今日は別行動なんです。用事があるみたいで」
「用事?あぁ、彼の事だからセフレ絡みかな」
自分もその一人だからか、察するのが早い蘭であった。
「もしかして今帰りなの?良かったら家まで車で送ってく?」
「え、蘭さん車持ってるんですか?」
「うん、今日はぶらっと買い物にね。この近くの駐車場に車あるから、どう?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
遥太は蘭からのご厚意に甘える事にした。
二人は並んで夕暮れに染まる街中を歩く。その際に、遥太の中で湧き上がるのは蘭と話していたあの女性の事だ。
「あ、あの‥‥蘭さん!」
堪え切れず、当人に確認する遥太。
「ん?」
「さっき話してたあの女性は一体‥‥」
「あの女性‥‥?あぁ、小夏ちゃんの事?私の高校時代の友人よ」
小夏――。憧れの女性の名前は小夏。胸中で何度も呪文の詠唱のように遥太は復唱する。
「(小夏さん、小夏さん、小夏さん、小夏さん、小夏さん、小夏さん、小夏さん‥‥!)」
「彼女の名前は瀬尾小夏。旧姓は沢井よ」
遥太は憧れの女性の名前を胸中で復唱する事に集中するあまり、蘭が告げた小夏の重要な情報を聞き逃してしまった。
「遊ぶ約束はしてなかったけど、帰る時に偶然街中で会ったの。それでちょっと立ち話してたのよ」
「そうだったんですか」
蘭の言葉に頷きながら、聞き逃した情報の重要性に気づいていない遥太であった。
徒歩で3分程歩いて二人は駐車場に到着する。そこはリサイクルショップの裏手にある駐車場で、数台の車が駐められている。
その中で遥太が蘭の車だと予想したのは赤い軽自動車だった。他に停まっている派手な色合いは無い。これを見た時、すぐに直感したのだ。
「私の車はこれよ」
予想通り蘭は赤い軽自動車の横につくと、スマートキーのボタンを押してロックを解錠する。
「助手席には荷物置いてあるから、後ろに乗ってね」
「はい」
頷き遥太は、ドアを開けて中に乗り込む。
「ところで君ってどこに住んでるの?」
遥太が後部座席で自分の横にスクールバッグを置いていると、運転席から蘭が尋ねてきた。
「えっと、ニュータウン鶴来です」
「え、すっごい偶然じゃない。小夏ちゃんの住んでるマンションもそこにあるのよ」
「え?そうなんですか?」
「うん」
数十秒後、蘭の運転する赤い軽自動車は駐車場から発進した。