女教師・七条比奈-1
二年四組の二時限目の授業、世界史が終わると休み時間となった。担当の藻川教諭が出ていく頃には、教室内は生徒らの声ですっかり騒がしくなる。
「はぁ‥‥」
遥太は今朝の出来事を思い出して、教科書も片付けずに自分の席でため息をつく。
「なぁ遥太‥‥って、どうした?何か午前中だってのにもうテンション低くないかお前?」
遥太の席の近くまで来た颯人が心配そうに尋ねる。
「朝にちょっと‥‥いや、何でもない‥‥」
今朝の夢精事件(正確には夢の出来事が原因である)を話す事が出来ず誤魔化す遥太。
「ふーん、何も無いなら良いけどさ。何かあったら遠慮なく言えよ、友人である俺にさ」
颯人はサムズアップした親指を自分に向けて頼もしさをアピールする。
「うん、ありがとう」
気づかいが単純に嬉しく、遥太は礼を言う。
「そういえば、次の授業なんだっけ?」
「えっと、三時限目は数学だから安藤先生かな」
「うげっ!昼飯前に頭使う教科はキツイって」
颯人は辟易とした表情で天を仰ぐ。
「ちなみにその後は英語だね。英語の南野先生とALTのブラウン先生来るよ」
「くそ!数学の後に英語とか地獄の組み合わせだな。俺の頭パンクするぞ、本当に!」
颯人は両手で頭を抱えてその場で右往左往する。
さっきまでと二人の心境は打って変わって逆転した。今は颯人の方が四苦八苦している。
「英数系とか苦手なんだね」
「というか頭使う教科全般は特にな。体育と昼休みは好きだ」
「あはは、昼休みってもう授業じゃないじゃん」
「そうか。ハハッ」
お互いに笑い合う二人。すると、ふと颯人がなにかに気づいて笑いを止めて、遥太の耳元にそっと顔を近づけた。
「なぁ、何かさ。さっきから見られてね?俺ら?」
囁かれた内容を聞いて周囲を見渡せば、数人の生徒らが確かに自分らの方を見ていた。表情には微妙な違いはあれど、一様に鳩が豆鉄砲を食ったような表情だった。
その理由については遥太は心当たりがあった。
「多分だけど珍しいんだと思うよ。颯人が誰かと話してる光景がさ」
見ている理由は颯人の方だと遥太は感づいていた。彼が他の生徒らと話をしている姿は見たことがないから、珍しい光景に興味を抱いているのだろうと予想している。
「そういうことなのか?何かなぁ‥‥」
後頭部の後ろを掻いて、不快そうに眉をひそめる颯人。
人の好奇な視線を気にする気持ち。それが分からない遥太ではなかった。
「そんなに気になるなら廊下に出ようか?」
「ん、そうだな。その方が良い」
遥太の提案に颯人は頷く。颯人が教室の後ろ側の引き戸を引いて先に廊下へと出ると、遥太も席から立ち上がってその後に続いた。
その際も何人かの生徒の視線に遥太は気づいたが、特に言うこともないので何も思わない事にした。