女教師・七条比奈-2
教室から廊下に出てしまえば、クラスメイトらの視線は気にならなくなった。遠くの方には別のクラスの生徒が見えるが、周囲には自分ら以外の生徒の姿は誰一人居ない。
廊下の壁を背にして、颯人の横に遥太は並んでいる。
「そういえば蘭さんと僕が帰った後に何か話とかしたの?」
別の話題を振る遥太。
「んー、少しお話してすぐ仕事あるからって言って帰ったぞ」
「ふーん。そもそもあの人ってセックスする為に颯人の部屋に来たんだよね?」
「あぁ。友達来るから無理って教えておいたんだけどな。聞く耳を持たなかったようだ」
颯人は苦笑する。
「そもそもさ、どういう経緯で仲良くなったの?」
個人的に気になっていた事を遥太はこの際訊いてみた。
「蘭さんのお店の関係者と一回寝た事があってそれ経由で知り合ってな。あー見えて旦那さんへの愛は義理堅いよ。俺との関係も完全に割り切ってて、敢えて言葉にするならビジネスのセフレって感じか」
「へぇ」
「最初の頃ゴムも付けずに挿れようとした時は烈火の如く激怒したもんだ。『君の精液は一滴たりとも私の中に入れさせない!』ってさ」
「蘭さん側からしたら本当に割り切った関係って事なんだ。なるほどね‥‥」
口では納得しながらも、胸中で遥太は尚更理解が出来なかった。彼女の旦那さんへの愛は多分本当だろう。ならば何故不貞の行為を続けられるのだろう。多少は夫への罪悪感の一つでも沸かないのだろうか。それとも、夫側にもそういう癖があって許容している部分があるのだろうか。
今の遥太にはまるで理解出来ない関係性であった。
「ま、その辺りの価値観の違いもまた人妻を味わう楽しみなんだけどな」
にひひ、と下卑た笑いを浮かべる颯人見て、遥太の中で再び疑問が過ぎる。
颯人は怖くないのだろうか。自分と他の人妻の関係性が何らかの形で暴露されたりしたら。或いはそれすらも楽しむスパイスなのだろうか。
「‥‥そんなに人妻の女性がいいの?」
「おぉ。好みは結婚して数年ぐらいの巨乳系だな。まぁ子供が居ても良いけどさ。年下の高校生の俺に良いようにされた挙げ句、肉棒の虜になるなんて興奮すると思わないか?」
「いや、思わないか?って言われてもなぁ‥‥」
遥太は返答に困った。友人には軽い寝取り願望でもあるのだろうか。
考えてみれば彼は人妻のセフレが野畑蘭以外にもいる発言をしている。ということは自ずと好みは年上好きというよりは、人妻好きという推論が成り立つわけで、既婚者である事をむしろ望んでいる趣旨があるのかも知れない。
「颯人ってさ、クラスメイトのあの女子はいいな、とか思わないの?うちのクラスも結構可愛い子居ると思うけど」
「思わないな」
遥太の問い掛けに颯人は即答した。
「だって、クラスメイトの女子って同年代でガキじゃん。体つきもまだまだ成長途中で色気の欠片すらないし‥‥。最低でも後10年は寝かせないと性対象としては見れないな」
「‥‥それ、クラスメイトの女子の前で言ったら駄目だからね。絶対」
ここが自分達のクラスの廊下なのを思い出して、自分の周囲や人の気配に気を配る遥太であった。
「じゃあ、お前の方はどうなんだ?」
「え?」
「ウチに来た時には好みは聞いたけどさ、あれって随分前の話だろう。今は好きな人居るのか?」
「ぼ、僕は‥‥」
言われて遥太の脳内に浮かぶのはあのハニーブラウン系のショートカットの女性。既婚者か、独身かも分からないあの女性。夢にまで出てきて夢精させた彼女の事が気になっていた。
「お、その様子じゃ居るみたいだな。誰なんだよ、このこの♪」
茶化すように肘を使って軽く小突く颯人。
「誰って言われても、名前分からないし‥‥」
むしろ自分が知りたいくらいなのだ。名前もそうだが、どこに住んでいるのかも含めて。
「同年代か?それとも年上、年下?」
「と、年上‥‥」
颯人からの問い掛けにはっきりしていることだけは答える遥太。
「その人どこに住んでるんだ?」
「それは分からない。昨日颯人のアパートの前で偶然見ただけだからさ」
「へぇ。って事は案外家は近くかも知れないな、その遥太の想い人」
「想い人って‥‥。気になっているだけで、好きになったわけでは無いんだけど」
と、口では言いながらも、遥太は自分の胸中がそれも時間の問題であると自覚していた。
「告白する時は友人として俺が力を貸すぜ」
「ありがと。せいぜい期待しておくよ」
それほどは本気にしてはいなかったが、遥太は友人の言葉をありがたく受け取った。