小悪魔の誘惑-1
気がつけば牧田遥太は制服姿で、とある部屋の一室に居た。
そこは自分の部屋でも、颯人の部屋でもない。
足場はフサフサした白い絨毯。部屋の壁は紅色。天井の照明が点灯してない代わりに、何個か置いてある間接照明が淡い光を絶えず放っている。
遥太の視線の先にはダブルベッドがある。二つの枕が仲良く並び、この部屋を訪れる者たちの関係を表しているようだ。
ラブホテルの一室。遥太は経験上来た事はまだないが、部屋の家具からそうとしか思えなかった。
「遥太くん」
背後からどこかで聞き覚えのある声で名を呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは颯人のアパート前で出会った名前も知らない、あのハニーブラウン系のショートカットの女性だった。
だが、女性は出会った時と同じ格好――ではなかった。
「え、どうして貴女が‥‥?それにその格好‥‥」
女性は小悪魔をモチーフにしたような全身黒い色で統一されたドレス姿だ。頭部には、ねじり巻きの二本の角が生えたヘッドドレス。もう少し下にずれればはっきりと豊かな胸が見えそうなトップス。ミニスカートの丈は女学生が履いているスカートのような、かなり冒険した短さで、むっちりしたふとももが欲情を誘う。
「どう?似合ってるかな?」
上機嫌にクルッと一周りする女性。回った際に背には黒い翼が尾に当たる部分からスカートの上に先端が尖った尻尾が生えているのが見えた。が、それよりも遥太が印象に残ったのは回った際に見えたスカートの中身である黒いショーツであった。
「は、はい‥‥とっても素敵です」
下着が、と思わず本音が零れそうになったが何とか堪えた。
「と、ところでどうしてここに?気づいたらここに居て何がなんだか分からないんですけど」
相次ぐ疑問が過って情緒不安定になりかけている遥太に女性はにっこりと微笑むとそのまま唇を奪う。
「んっ‥‥ちゅっ‥‥ちゅぅぅっ‥‥」
遥太が初めて体験したキスの味は、チョコレートよりも甘く感じた。
「ぷはっ‥‥!な、何を‥‥!?」
唇を離してから、一瞬で耳まで真っ赤に染まった顔で問いただす遥太。
「何って、私とこういう事したいんでしょ?」
さぁもう一度と言わんばかりに再び唇を塞がれる。
「んっ‥‥ちゅっ‥‥ちゅっ‥‥ちゅぅっ‥‥‥」
首の後ろへと手を回されて、恋人のように熱いキスを受ける。
「んんっ‥‥ちゅっ‥‥ちゅっ‥‥じゅるる‥‥‥んっ‥‥じゅるる‥‥」
今度は唇から口内へ。女性から這わされた舌先が絡み合い、広がるその甘露な味わいに遥太は脳内がとろけそうになる。
「んちゅっ‥‥じゅるる‥‥ちゅっちゅっ‥‥」
口内を侵されながら遥太は思う。
何故、自分はこの部屋に居るのだろう。何故、この女性はエロい格好をしているのだろう。何故、自分は抵抗せずされるがままなのだろう。
だが、そんな悩みは正直どうでも良かった。今、自分は今の状況を楽しんでいるのだ。細かい疑問など些細なことなのだ。
「ちゅっ‥‥ちゅっ‥‥じゅるる‥‥‥ちゅっ‥‥‥ぷはっ‥‥」
女性に唇を離されると、銀色の糸が引いた。
「はぁ、はぁ‥‥」
遥太は苦しそうに肩で息をする。ただ、それは単にキスによる息苦しさだけではない。目の前に居る名前も知らない女性によって、心までもが乱されている。
――知りたい。もっとこの人のことを。