友人の家にて-2
玄関は靴を脱ぐ最低限度のスペースがあるくらいだ。二人居ると手狭に感じる。
部屋に足を踏み入れれば、すぐ側に水場とガスコンロ、冷蔵庫などの台所のスペースがある。
「スリッパとか無いからそのまま上がってな」
部屋のドアを閉めながら颯人は言う。
「あ、うん」
そう言って遥太は靴を脱ぐと、颯人の部屋へと上がる。
遥太は部屋に踏み入れると、まじまじと部屋を眺める。
アパートの部屋は畳で、部屋は五畳くらいのスペース。部屋の壁紙は白。和ティストなイメージだ。
隣接する窓の外は一人は出入り出来るくらいの小さなベランダのスペースがあり、現に颯人の洗濯物であるシャツやズボン下着等が物干し竿で干してあって、風で時々揺れている。
向かって部屋の右端の方には薄型のマットレスの上に白いシーツで覆われた敷布団。その上に枕と掛け布団がある。乱雑にめくれている所を見ると、このまますぐに寝れるようになっているようだ。
布団の反対側に置いてある折り畳める脚の小豆色のテーブルはこれでご飯を食べるのだろうか、と遥太に予想させた。
更に部屋の片隅には三段重ねの木製のタンス。近くには最新の携帯ゲーム機が乱雑に放置してあり、タンスの頭上には衣類を掛ける金属製のハンガー掛けがある。
「このアパートに一人暮らしなの?」
いつの間にか戻って来ていた颯人に尋ねる。
「そ。物心付いた時から両親が居ないもんだから大人たちの都合で親戚中をたらい回しにされて、それで小学校6年生の時に施設に預けられてな。んで、高校受験の際に施設から出てここに入居したんだ」
颯人はなんて事のない様に言っているが、それは大変な事のように思えた。
遥太は両親が存命だ。だから居ない事がどれだけ困難な生活だったのか。小学校6年生まで親戚中をたらい回しにされた時点で、自分だったら環境の変化で耐えられないだろう。
「何か大変、だったんだね‥‥」
同情するような視線で颯人を見つめる遥太。
「へ、よせよ。もう慣れちまった」
照れ臭そうに笑いながら颯人は畳に腰を下ろした。
「お前も座れよ。いつまでも突っ立ってると疲れるだろう」
「あ、うん」
遥太は頷いてその場に腰を下ろす。
「このアパートの手続きも自分でやったの?」
「いや、そういうのは施設の人が代理で手続きしてくれたよ。書類見せて貰った事あるけど、ほとんど分からなかった」
「へぇ‥‥」
相槌を打ちつつ、遥太は部屋を眺める。
「何かこの部屋って年頃の男子の部屋の割にはあんまり物が置いてないように見えるんだけど‥‥」
「あぁ、押入れがないもんだから単純に収納スペースがまず無いからな。まぁ、あったらあったで多分使わないから、最低限度の物しか置いてないんだ」
「そうなんだ」
言われて気づいたが、確かに押し入れがこの部屋にはない。だからお布団も敷きっぱなしの状態のようだ。
「ついでに言うとトイレと風呂場は別で台所の横にちゃんとあるぞ。けど、風呂場は浴槽置けるスペース無いからシャワーしか浴びれないんだ。だから、たまーに電車で隣町の銭湯に行く時がある」
遥太に聞かれてもいない事を颯人は得意気に語る。
「今度時間あったら行こうぜ」
「そうだね」
同意しながら遥太は、大変な境遇の颯人がこの生活を楽しんでいる事に安心するのであった。
すると、部屋の中でスマホの通知音が短く鳴った。
「あ、鳴ったよ」
自分のでない以上、今のは颯人のだと断言して見るのを促す遥太。それは当たっていて、颯人のスマホの通知音であった。彼はスマホを手に取った。
颯人は取り出したスマホの画面をタッチして、それを見るなり押し黙った。
「ど、どうしたの‥‥?」
「いや、何でもないよ」
遥太の問いに、颯人は笑ってスマホをポケットにしまった。
「あ、そうだ。俺ばっかりじゃ不公平だから遥太の話も聞かせてくれよ」
ずいっと身を乗り出す颯人。
「え、僕の‥‥?」
一方の話を振られた遥太は困惑する。颯人に語れる程の話は自分は大して持っていない。
困り果てて居ると、颯人が助け舟を出す。
「何でも良いよ。どんな夢あったとか、どんなゲームで遊んでたとか、どんな子好きだったとか。そんな話でさ」
「‥‥あー、それなら。小さい頃はね――」
遥太は進級後に初めて出来た友人に、自分の事を話し始めた。