『クレイジー・ジャンヌ・ダルク』-1
「新人さん、私にはね、神の声が聞こえるのだよ…。」
番号163・本名ジョン=マザーズが、私に初めて掛けた言葉はそれだった。
「イカれた死刑囚の言葉なんざ、気にしない方がいいぞ。」
上司の言葉に、私は頷くしかなかった。
この刑務所に異動になってから、死刑を宣告された者達と初めて関わる。
「君には聞こえんのかね?!この偉大なる神の声が!」
「番号163!うるさいぞ!」
上司が怒鳴りつけてもなお、彼・『番号163』は私を見つめている。
檻の鉄格子にしがみつき、ギラギラとした目で私を見つめるこの犯罪者は、私を怯えさせるのに十分な迫力を持っていた。
「ハレルヤ、ハレルヤ…神よ、私は貴方の申し子だ!」
「…ダメだなこりゃ。後でまた鎮静剤を打たなきゃだ。」
上司と二人、刑務所の暗い廊下を歩く。
「奴は去年からいてね。その年に二人、刺殺しやがった。さっき言ってたみたいに、殺人も神の声に従ってやったまでだ…とかほざきやがってな。」
「あの、神の声が聞こえるというのは…?」
「君は面白い奴だな。あんなイカれた奴の戯言を信じようってのか?」
「いえ、そうではなく…。」
「入所してからずっとあんな感じだ。…いや、裁判の時からだな。」
「判断力の有無というのは問われなかったのですか?精神鑑定や心理状態の検査…。」
「んー、通っちゃったんじゃねぇかな?正常と見なされりゃ、奴も死刑なんて事にはならなかっただろうからな。」
…あれを、正常というのだろうか。
私は恐怖を覚えた。
国はちゃんと、彼を裁いたのだろうか。
彼のあの『戯言』は、全て演技なのだろうか。
私には、そうは思えなかった。
あの目付き、廊下に響き渡る程の祈りや感嘆の声。
あれらがもう毎日続いているという。
今更演技を続けても、死刑になるのは免れないと彼も分かっているはずだ。
それなのに、演技を続けているというのだろうか。
あれは本物の狂気だと、私は確信した。