『クレイジー・ジャンヌ・ダルク』-3
「…聞こえなくていいのです。」
神の声など、聞こえなくてもいい。
神父は言った。
番号163は、ただ黙って鉄格子を見つめていた。
その夜、彼の嘆き喚く声は聞こえなかった。
§ § § §
その次の日だった。
「新人さん、十字架を…くれないか。」
私が彼を怪訝そうに見つめると、彼は静かに笑って言った。
「いやだね、もう目は覚めたよ。」
もう目は覚めた…、その言葉が何を意味するのか、私には分かったような気がした。
彼に小さな木で出来た十字架を渡してやると、彼はそれを両手で受け取り、大事そうに懐に忍ばせた。
「最近、奴は静かになったな。」
上司もそう言ったきり、番号163に鎮静剤を打つ事はしなくなった。
そしてまた、次の日。
「すまないが新人さん、頼みがある。」
もっと大きな十字架が欲しい。
彼は言った。
『もっと、もっと大きな十字架を』…
何てこった、と私は思った。
まるで今の彼は、火あぶりの刑に処せられたその間にも大きな十字架を求めたという、あのジャンヌ・ダルクのようだと。
不覚にも、私の頭の中では二人が重なっていた。
片や聖なる神の申し子、片や狂気の殺人犯。
しかし私は、すんなりと答えていた。
「ああ。大きな十字架だな?」
上司も止めはしなかった。
やはりこれも木製の、大きな十字架を檻の鉄格子の隙間から通して渡してやった。
彼は『ありがとう、ありがとう』と繰り返し、それを立て掛けてひざまずき、前に渡した小さな十字架を握りしめて目をつむっていた。
直感的に、彼のその祈りは彼自身の救いを求める物ではないと、私は思った。