『クレイジー・ジャンヌ・ダルク』-2
§ § § §
彼は次の日から、私によく声を掛けてくるようになった。
とは言っても、それは独り言とも取れる物でしかなかったが、私が彼の檻の前を通り掛かった時にそれは発せられた。
「どうかこの青年に、神のご加護を!」
喚くような、祈りの声。
「どうかこの青年に、神のご加護を!」…
何とも答えようのないその言葉に、私はただ彼に、ぎこちない微笑みを返す事しか出来なかった。
数日後。
いつもと同じように廊下を歩く私に、いつものように祈りの声が掛けられた。
そして、
「新人さん、新人さん。」
と彼が呼びかけてきた。
「…何だ?」
「大変なんだ、君。神の声が…遠くなってしまった。」
§ § § §
次の日、神父が呼ばれた。
それは彼の要望だった。
こちらとしても、青ざめた顔をして夜通し
「神の声が聞こえない!!」
などと叫ばれては、いくら鎮静剤があっても全く無意味なイタチごっこだったからだ。
「鎮静剤を打ってありますが、気をつけて。」
鉄格子を開けて神父を通すと、番号163は私を見た。
「邪魔か?目を離す訳にはいかないけどな。耳を塞いでいるくらいなら…」
番号163は静かに首を振った。
「いや…あんたならいいや。」
「ジョン・マザーズさんですね?」
神父のその問い掛けから、二人の奇妙なカウンセリングは始まった。
「そして、あなたは神の声を聞いたと…。」
神父は目を伏せた。
…今、私の前で全てを告白した番号163はもう、それまでの彼ではなかった。
昔、献身的なキリシタンだったジョン・マザーズの妻と娘は、不慮の事故に遭い帰らぬ人となった。
神を憎まずして誰を憎む…。
そうして彼は、神を恨み、憎んだ。
そう…ここまでは、考えようによっては自然の理。
しかしここからが、ジョン・マザーズの狂気の幕開け。
彼は、自分に囁かれる声を神の物だととらえてしまった。
神を狂信したあまりに神を憎み、揚げ句は自分で神を創作してしまった。