第一章 僕の独り言-4
店の喧噪が5秒ほど遅れて耳に届いてくる。
「イヤラシイ・・・」
最後のセリフはさすがにしつこく感じて、僕は大きな声を出した。
「いいじゃないか、雑誌くらい読んだって・・・」
ジョッキを握ると、残りのビールを一気に飲み干した。
僕の喉が上下に動いていく。
暫く見つめていた妻は、やがて力無く視線を落としていった。
「だけど・・・」
消え入りそうな声なのに、僕の胸には十分に染み込んできた。
(僕だって・・・)
十分、分かってるさ。
(でも・・・)
たかが、本じゃないか。
僕の目がそう語るのを感じるのか、映見の長い睫毛がヒクヒクと揺れていた。
テーブルの下の雑誌には、女優の写真と共にゴシック文字が躍っていた。
『特集!セックスレス夫婦の逃げ道』
『スワッピングパーティーの潜入ルポ!』
「この頃変よ、裕君・・・」
細い肩越しに声が聞こえた。
「だって・・・」
意を決したように映見は口を開いた。
「毎日残業で遅いし、休日は家でゴロゴロしてるだけで・・・」
「だから、こうして外食してるじゃないか・・・」
「ええ・・・素敵な、焼き鳥屋さんで、ね」
僕の反論はピシャリと跳ね返されてしまった。
「家から歩いて2分の近さで、それもジャージとサンダル履きの姿でもこれる、とぉってもオシャレなお店ですものね」
堰を切ったように妻はしゃべり始めた。
「私の愛する旦那様は釣った魚にはもう興味が無いのか、妻と会話もせずにエロ本を読む方が楽しそうにしてるし・・・」
勢いが良かった声も徐々にトーンダウンしていく。
「これでも、私はデートのつもりなのよ、お化粧だって一生懸命してきたのに・・・」
力無く店の喧噪にとけ込んでいった。