第五章 不二子の敵はタコ-2
「ひ、姫?……どうして逃げなかったのよ?」
不二子は姫が投げて寄こした2本のウォーターサーベルを受け取って、二刀流で斬撃を繰り出して反撃を再開しながら、
「機を見てここを脱出しなさいって言ったでしょう?」
「申し訳ありません、不二子さま」
姫も1本のウォーターサーベルを振り回して、タコと戦いながらも答える。
「せっかくすり替わっていただいて……あのお風呂にもぐってしばらくは隠れおおせていたのですが」
そう言って、持っていた忍者刀の鞘を見せる。
その先端のフタは外すことができ、水中にひそんで身を隠す際に、呼吸をするためのシュノーケルとして使うことができる。
いわゆる「水遁の術」である。
「お湯にのぼせてしまって休んでいたものですから、今まで逃げる時間がありませんでしたの」
「それは仕方がなかったわね……では姫、ここに来たからにはあなたもこいつらをどうにかしていただきますよ?」
「もちろんです!!」
超高圧水流の刃を振るいながら、姫は笑顔で返事を返したのだった。
「思わぬ援軍、大変面白くなってまいりましたねぇ、お嬢さんがた……ようやく役者がそろいましたわイヒヒヒヒ」
老人ことミスターXの声。
「しかし、わたしもそろそろルパンの出迎えに行かねばなりません……しばらくわたしが不在になっても退屈なさらぬよう、こちらも新手を追加いたしましょう……ポチッとな!!」
ボトボトボトッ。
ふたたび天井からタコの群れが出現する。
「その子たちは、ちょっとした品種改良を加えてありましてね……こちらの命令を忠実に従うよう、知能を向上させる工夫がされております」
得意げにミスターXは語る。
床に落ちてからゆっくりと頭をもたげるタコの集団。その顔の部分を見た美女ふたりは驚愕した。
「どうです?……知能の高〜い人物の遺伝子を組み込んだ、ミュータントテンタクルウ……言わばわたしの分身どもですよ」
新たに追加されたタコ軍団のその顔は、皆そろってミスターXの不気味な顔に生き写しだったのである。
「わたしが戻るまで、どうか生きながらえてください……いいえ、正気を保っていてくださいね、イッヒヒヒヒヒ」
そこでプツリとスピーカーの音声が遮断されたのである。
ふたりの構えたウォーターサーベルが勢いを失って、チョロチョロと最後の残滓を吐き出して止まるのと同時であった。
ニタリ。
ミスターテンタクルウがいっせいに不気味な笑顔を浮かべる。
「不二子さま……まだここに!!」
忍者衆の死体をあさったのか、2〜3本のウォーターサーベルを抱えたヤスミンが駆け寄って来る。
「お手柄よ……なんだかお姫様にしておくのがもったいないわネ」
サーベルを受け取ろうと手を伸ばして、ウインクで出迎える不二子。
しかし。
足元のタコの死体の影に隠れていたミスターテンタクルウの1匹が、ヤスミンに絡みついた。
正面から攻撃してもかなわぬと見て、仲間の残骸に隠れて待ち伏せていたのだ。ヤスミン姫が水遁の術を使って身を隠したように、タコはタコ遁の術を使ったことになる。
「きゃあッ」
悲鳴を上げる姫が集めてきた武器は不二子に手渡されぬまま、バラバラと散らばった。
「あっ、イヤ……ふ、不二子さまたすけてッ」
人間の頭部サイズのタコの群れが、ヤスミン姫の破れかけたドレスの中にもぐりこんでいった。
「ひ、姫ッ!!」
そう叫んで駆け寄った不二子の脚を、ミスターテンタクルウが捕らえた。太ももに粘液をタップリまぶしながら、彼女の身体に触手を伸ばして来る。
「し、しまった!!」
本人そっくりのだらしない笑顔を浮かべたミスターテンタクルウの一団が、姫と不二子に押し寄せてくるのだった。