第三章 忍者の敵は忍者-3
(ダメよ……そんなにされたらあたし……あたし)
正面の忍者にしがみついて声を上げるのをこらえていた不二子であったが、ついにちゃんと立っていられなくなり、大理石の床に両ヒザををついてしまった。
つぎの瞬間。
カラン。
その拍子に股間の中にもぐりこんでいた石鹸が、ようやく転がり出る。
その表面には、抜けた数本の陰毛が付着していたが、不二子が気になったのはそこではない。
石鹸に刻印されていた商標らしき刻印は、触手を広げたタコの形をしていたのである。
「ムヒヒ……わが一族の秘術、テンタクルウのタコの粘液から抽出した媚薬を練り混んだ石鹸、気持ちよかろう?」
「エッ?!」
「……われわれはもうとっくに、お前の正体などお見通しなのだ、峰不二子とやら」
「さて、そろそろトドメを刺そうか……峰不二子?」
男のひとりが背中から、例の柄だけの刀を抜いた。
握る手に力を込めると、
パシュッ。
柄の先端から水流が噴出し、水でできた刀身が形成され、浴室の天井に小さな穴が穿たれた。
「……ここのあるじが開発したという、圧縮した水流で敵を切り裂く、ウォーターサーベルというものだそうだ……ソレッ」
パシュッ。
シュパパパ、シュパッ。
刀身なき忍者刀、ウォーターサーベル恐るべき水流の斬撃が矢継ぎ早に繰り出された。
パチリ。
柄が背負った鞘に収まる。
その瞬間。
音もなく不二子のくのいち装束はバラバラに斬り散らされた。
「ふふふ……頭隠して尻隠さず、とはこのことよ」
ヒラヒラと舞い降りて男がつかんだそれは、不二子の履いていた白いショーツの切れ端だった。
「きゃぁッ?!」
とっさに下腹部をおおい隠そうと片手を伸ばしたが、密やかな部分に生えそろった飾り毛が一瞬、男どもの目に焼き付いてしまう。
「イヒヒヒヒ……いい格好だな」
かろうじて乳房を隠している、たよりなくゆるんだサラシと、頭と顔を隠した忍び頭巾だけが残されていた。
(……くっ)
羞恥に腰をくねらせながら後ずさるが、すぐに追い詰められ、大理石の壁の冷たさが背中と尻に触れ、逃げ道がないことを思い知らせてくる。
(このままじゃ……やられてしまう)
媚薬入りの泡まみれの男どもの手が、不二子に迫りくる。
「こ、来ないで……来ちゃダメ」
ベソをかきながら、頭を左右に振る。
しかし不二子は裸同然。
来るなと言われても、近寄らずにいられる男がいるだろうか。
「何をいまさら……たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろよ?」
「いやよ……いやよ、いやよ近づいちゃイヤ」
サラシの胸を両腕でかばうように身を縮める。
「なんだよ……そう言って無理やりされるのが好きなのか?」
「だって、だって……」
「んン?……なんだ?」
「だってだって、みんな斬られちゃうんだモン」
!!!
追い詰められた不二子の足元。
切り刻まれた忍者装束に混じって転がっていたもの。
……黒塗りの鞘だけ!!!
3人がはっと気づいたときには、サラシの中に不二子が隠し持っていたウォーターサーベルの柄が、シュパッと横一文字にひらめいていた。
3人の喉笛を切り裂いた返り血に染まりながら、不二子は足元の鞘を拾い上げ、パチリと柄を収めた。
「目の前でコレの使い方を教えてくれたお礼だけは言っておくわね?……どうもありがと」
倒れた3人の忍者に向かって不敵にウインクしてみせるのだった。
(……顔は隠して、カラダは隠さず……な〜んちゃって、ネ?)
□□□
かぶっていた忍び頭巾を捨て、サラシを脱ぎ落とした不二子は、一糸まとわぬ身体に付いた返り血を浴槽で丁寧に洗い落とすと、未だに目を覚まさない姫のかたわらに置いてあったバスタオルを拾い、丁寧に水気をぬぐった。
(さて、どうしようかしら……)
車輪付きのストレッチャーの上で眠ったままのヤスミン姫を見ながら、
(潜入がバレてるなら、いまさら忍者に化けてもしょうがないし……)
周囲を見渡し思案する不二子だったが、
(……アラ?)
可愛いリボンを巻いた箱が、部屋のすみに転がっていたのが目に止まる。
先ほど不二子が運ばされた、ヤスミンの為の着替えが入っているという箱である。