序章 ダイエットの敵はカレー-1
「ねえルパン、 そろそろ話してくれたっていいんじゃない ?」
オンボロを絵に書いたような、プロペラ式の貨物輸送機の中。
燃焼しきれていないガソリンのニオイと振動にたまりかねたように、安全ベルトも無いシートから不二子は立ち上がった。
「は、話せってナニを?」
首をかしげるルパンに、
「ひとりでスゲースゲーって言うからいっしょに来たのよ……!?」
と、不二子はルパンに詰め寄った。
しかし肝心のルパンときたら、返事をしながら鮮やかなカーキーイエローのミニスカートワンピースを着こなした彼女の、エアコンも無い機内のせいですでにうっすらと汗ばんだ豊かな 胸の谷間を のぞき込んでいたことに気づいて、猿のような頬をつねりあげる。
「もう…なんなのよッ、この仕事の報酬?」
「…か、カシム首相に聞いてみろよっ」
痛みに涙をにじませるルパンの答えに、腕組みして仁王立ちの不二子はもちろん、粗末なベンチシートに仲良く座っていた次元、そして五右衛門たちの視線は、向かい側の座席に座っていたカシム首相に集中した。
ただ、つねられた左頬を赤く腫らしたルパンだけは、立派な口ヒゲをたくわえたネクタイスーツ姿の首相などには見向きもしていない。
ルパンの目線は大股に立ち上がったスラリと伸びた太ももにささえられた、ワンピースがピッタリ貼り付いた不二子のヒップラインの上を行ったり来たりしながら、彼女の下着のラインを探していたのだ。
「……カレー!?……カレーって、あのカレーライスのこと?」
数秒の沈黙のあと。
ようやく口を開いた首相の言葉が終わるのも待たずに不二子は悲鳴を上げた。
「さよう……我が国ココダット王国ではカレーライスは神に供える最高の食べ物とされております」
不満を隠そうともしない不二子には構わず、
「ソレを皆様に腹いっぱい食べていただく……これこそ、巨万の富にまさるもてなしじゃと密かに自負しております……み、ミス不二子?」
王国自慢のカレーライスについて語ろうとしていた首相だったが、急にいそいそと身支度を始めた彼女に気づいて言葉を中断しなくてはならなかった。
「あたし今減量中なの……カレーライスはノーサンキューよ?」
X字のベルトのバックルを胸元でとめ、よりいっそう胸のふくらみを強調させながら、大きなパラシュートを背負った不二子は別れの挨拶もしないどころか男たちに振り向きもせず、勝手に開けたハッチからそのまま飛び降りて行ってしまったのである。
(正体不明の武装集団から、誘拐された王国の姫様を救出する……って、ものすごく危険な依頼なのに、その見返りが、カレーですって?!)
(……食べたくもないものを食べさせられて、ありがたがらなきゃならないなんて、まっぴらゴメンだわ!)
まばらなオアシスがわずかに点在するだけの広大な砂漠の上空で、パラシュート降下による強風に混じった砂粒に眉をひそめながら、心の中で吐き捨てる不二子であった。
が。
ルパンたちから離れ、無関係を決め込もうと旧式の航空輸送機を飛び出した彼女の思惑通りには残念ながら、ならないのだった。
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……これから語られるのは、シルクロードの果て、人口わずか三千人程度の貧乏小国ココダット王国を舞台に、逃げ出したはずが巻き込まれてしまう謎の女、峰不二子の冒険と挑戦、そして淫靡な受難の物語である。