第三話 契約の罠-4
「契約締結の記念に乾杯しよう!実は僕はカクテルが作れるんだ。自慢じゃないが美味しいよ・・・なんてここではあまり飲まないから、お酒がなかなか減らなくてね。」
そう言ってカウテルグラスを芽美に渡し、シェーカーからお酒を注ぐとすぐに執務室へ戻って、グラスをもう一つとA4サイズの茶色の事務封筒をもってきて、封筒を芽美に渡し自分の分のお酒をグラスに注ぐ。その間、芽美は、落ち着きがなくて拓海さんらしくないなと思いながらも黙って眺めていた。
「それでは、乾杯!」
「乾杯!」
拓海の前振りで声を合わせて乾杯する。アルコール度数が強めで香りの強いカクテルだったが、よく冷えていて口当たりがよい。芽美はあっという間にグラスを空にしてしまい、もう一杯作ってもらって、今度は拓海と雑談をしながらゆっくりとその味を楽しんだ。
―あれ、どうしたんだろう?―
心地よい酔いに加えて、突然、強い眠気が芽美を襲う。そんな自分を観察するように眺めている拓海と視線を交差させると、その瞳の中には芽美を縛り付ける例の謎めいた輝きがあった。目をそらし壁の時計をみると、もう夜の11時近い。
―夜中の人の来ない鍵の掛かった部屋で、ギラギラした視線を向ける年上の男性と二人きりでお酒を飲んでいる―
その事実に気がついた芽美は、これ以上留まることは危険な気がして帰ることにする。
「もう11時近いので、そろそろ帰ります。明日からよろしくお願いいたします。」
堅い挨拶を述べて立ち上がろうとするが、力が抜けて立てない。そんな芽美に嫌な視線を向けて拓海が言う。
「そうだね、でも、帰る前に一応封筒の中身を確認してみたら?」
そう言われて芽美は座ったまま封筒に手を伸ばし、中の書類を取り出そうとする。
―あれ?1枚でいいはずなのに、2枚ある。いったい何の書類だろう?―
上下逆さまに入れられていたため、取り出すときに1、2枚目とも芽美が書いたサインが見える。
「拓海さん用の書類が間違って入ってませんか?」
「いや、2枚とも芽美用の書類だよ。2枚目をよく見たほうがいいんじゃないかな?」
芽美は自分を初めて呼び捨てにした拓海の変化を気にしつつ、2枚目の書類を手に取って眺める。
「え?なにこれ?タイトルが違う?」
「BDSMパートナー契約書」。驚いた芽美は、真剣な表情で書類の本文にも目を通して叫ぶ。
「なんですか、これは?!」
その破廉恥すぎる内容に気が遠くなりそうな羞恥を感じながら前を向いて拓海を詰問しようとする芽美。しかし、そこに拓海の姿はなく、耳のすぐ後ろから冷たい声が聞こえてくる。
「芽美、お前は今夜から俺にSM調教されて、俺の理想のマゾ牝奴隷に生まれ変わるんだ!」
びくっとして振り返ろうとした瞬間、芽美の身体に強い電気ショックが走る。弛緩してソファに崩れ落ちた芽美は、契約書の内容と拓海の言動にパニックに陥っていたが、しばらくすると、先ほどの強い眠気がふたたび襲ってきて、混乱したまま意識を失ない、淫夢の中へ落ちていった。