第二話 提案-4
年齢も一つ上で、持ち前の行動力で自分より明らかに多くの色々な経験をしているにも関わらず、芽美に対して説教するのではなく『私たちは』と謙虚に自身にも言い聞かせるような千佳先輩のこの言葉には、芽美が素直に共感できるだけの説得力があった。
それに本音を言えば、拓海のような年上の大人の男性とのデートに興味があった。エッチなことについても口で言っているほど否定的ではなかった。むしろ成熟した女性として孝以外の男性を知ってみたいという欲望もあった。
拓海にキスされたり、身体を愛撫されたりすることを想像してみる。そのままの流れで、口での奉仕をお願いされるかもしれない。彼のアレはどんなだろうか。経験の少ない私が口だけでいかせることができるかしら。いかせられなかったらやっぱり・・・。お酒の酔いが回ってきたせいもあって、芽美はそんな淫らな妄想をしてしまい、拓海が戻ってきているのに気づくのが遅れてしまった。
「芽美ちゃん?ぼーっとしてるみたいだけど、どうかした?」
「あ、ああ、ごめんなさい、この契約書を真剣に読んでたから・・・。」
拓海の声に現実に引き戻された芽美は緩んだ表情を引き締めると、そう言って誤魔化した。芽美の顔が赤くなっていることに拓海は気がついていたが、そこには触れなかった。
「ずいぶん興味を持ってくれたみたいだね、よかった。でもごめん、こちらから誘っておいて申し訳ないのだけれど今から仕事になってしまって。F市役所の職員さんからで、提出した調査報告書の件で至急確認したいことがあるらしい。内容についての確認と経費の処理について相談したいとか。
『可愛い女の子をバーで口説いてる最中なんですが』って断ろうとしたら、年度末だから時間がないらしくて、今度個人的に埋め合わせしますからお願いします、って。
なら、『今度新しくできたN駅近くのバニーガールがいるガールズバーでご馳走してくださいよ』って言ったら、『なんでもいいからとにかく早く来てくれ!』だってさ。」
「接待してもらえるなんて羨ましいですね。」
「いやいや、公務員倫理規正法っていう法律があるし、そもそもクライアントさんにご馳走してもらうなんてあり得ないから、うわべだけの言葉さ。そんなことより、今日の埋め合わせを芽美ちゃんにしないといけないよなぁ・・・。」
バーテンを呼んで会計を済ませながら拓海は言う。
「なら値引きしてくださいよ。」
「ん?値引きって?ああ費用の件は心配しなくて大丈夫だよ。これは恩返しとしてやらせてもらうから。仕事として責任をもってやらせてもらいたいから完全に無料というわけにはいかないが、経費も含めてあまり芽美ちゃんの負担にならないように処理するつもり。そうだな、来週末の、金曜日の夜あたり時間ある?」
「えーっと、25日の夜ですね、大丈夫ですよ。」
芽美は孝さんが26日の土曜日に帰国する予定にあわせ、来週末は空けてあった。お土産があるから会おうと連絡がくるかもしれないと考えて。
「なら、そのときまでに正式な契約書を用意しておくから、K駅の僕の事務所まで来てくれる?仕事終わったあとだから・・・夜の7時頃にでも。場所はあとで住所をメールで送る。駅から遠くて申し訳ないけれど、夕飯の時間だし何か食べるもの用意しておくよ。芽美ちゃんが好きなフライドチキンとか・・・好きだったよね?」
「はい・・・でも・・・」
「僕はもう行くから。芽美ちゃんはもう少しゆっくりして行って。それじゃあ!」
芽美に『もう少し考えさせてください』という隙を与えず、拓海は慌しく去っていった。普段来ることのないホテルのバーに取り残され呆然とする芽美の前に、老齢のバーテンダーがグラスとメモ用紙を前におく。
「お嬢様、今お帰りになられた男性からでございます。この時期おすすめの金柑を使ったジンベースのカクテルになります。お代は頂戴しておりますので、引き続きごゆっくり、おくつろぎくださいませ。」
右下に招き猫が描かれた可愛いメモには、事務所の住所と、『芽美ちゃんとのデート楽しみにしています♡』、というメッセージが、中年男性のものとは思えない可愛い文字で書かれていた。
―最後のハートマークはやりすぎじゃないかなぁ―
苦笑しながらも、芽美の心は拓海と恋人契約を結んでみることで固まっていた。自分がまるでドラマのヒロインにでもなったかのように思わせてくれる、気の利いた対応をしてくれる大人の男性とのデートはきっと楽しいに違いないと思えたから。