第二十二章 消えた男-2
死は覚悟していた。
いずれ、ここも兵達に襲われるだろう。
その前に自身で命を絶とうと思っていた。
だから邪悪な魂を持つ者を消さなければならない。
殺して神殿の外に出してから、先祖の精霊達の元に旅立つのだ。
慎重に聖堂の入り口に立った僧侶は薄闇の中、目を凝らして驚いた。
誰もいないのである。
壁に埋め込まれたランプの明かりは灯ったまま、赤い血で汚れた石床を照らしていた。
マチルダの説明通りに男がいた事は事実らしいが。
聖堂は円形をしているので隠れる場所などない筈だ。
男は苦痛とも笑いとも取れる表情で顔を歪ませていた。
ジューム人を無数に殺した残虐な男である。
しかし慈悲深いマチルダは僧侶達にも嘘をつき、聖堂の奥深くにかくまった。
「何て、いい女だ・・・」
男は何人もジューム人の女を犯していた。
しかし、自分の命はもうイクバクも無い事を悟っていた。
男は祈った。
「神でも悪魔でもかまわねぇ・・・
俺を、もう一度生かしてくれ」
その声は聖堂に木霊し、笑い声が返ってきた。
「良かろう、我に身を委ねるが良い・・・。
その代わり、お前の身体は消滅するだろう。
安心するが良い。
人間の身体など、幾らでも転がっているわ。
只、ワシが蘇るにはもっと力がいる。
邪悪な魂の力がな・・・。
二百年の間、封じ込められた聖堂には
善人しか近寄れなかった。
お前程の「悪の魂」を待っていたのじゃ。
その壁に向かって呪文を唱えよ」