窓辺の「彼氏」-1
平日の朝、そろそろ8時になるころ。
18歳の聖子(しょうこ)は、駅近くで通勤通学に向かう群れに立ち向かうように、自宅への道を急いでいた。
聖子は幼いころから、洋菓子職人である祖父の店に入りこんでお手伝いをしていたが、中学を卒業するとその店の「一員」になってしまった。
時々終電まぎわの電車に乗って店に入り、さまざまな商品の仕込みをおこなって、翌朝の電車で自宅に帰る。
聖子はその変則的な生活も楽しんでいた。
「ま、『修行中』の身だもんね。それに、何にも他のことができないわけでもないもん。」
とはいえ、学校に向かう同じ年ごろの女の子たちとすれ違うのには少々抵抗があった。聖子は駅を出るとすぐ脇の道に進み、ひとりで自宅へと向かうのだった。
聖子はその道に、ちょっとした誘惑があった。
それは途中にある団地だった。
団地の建物ののっぺりした北側の面に並ぶ窓。その二階の窓に、小さな笑顔を見つけることがある。
その笑顔に会えるかな、と聖子は少し遠回りしてそこに向かうのだった。
(いてくれたっ!)二階の窓の少し開いたすき間から、小さな男の子がのぞいている。
聖子と目が合うとその顔に笑みがあふれた。
聖子はひそかにその男の子を「僕ちゃん」と呼んでいた。
まだ、たいした恋愛経験のない聖子にとって、僕ちゃんは会うのが楽しみの「彼」であった。
聖子は僕ちゃんの笑顔に会うたびに考える。
(僕ちゃん……あんなにちっちゃいのに、ひとりでお留守番してるのかなぁ。)
僕ちゃんは大事にされているようだ。
窓のてっぺんまで檻(おり)のような手すりが後付けで伸ばされ、男の子を守っている。
窓も危なくないように、全開できないようになっているようだ。
とはいえ、聖子の目にうつる僕ちゃんの笑顔はどこか寂しげだ。
ある朝僕ちゃんの笑顔を見た聖子は、団地の南側にまわりこみ、僕ちゃんがいる位置の扉に向かってみた。
その扉の前には、長い柄のついた三輪車がとまっている。
ここで間違いないようだ。聖子はそっと扉のレバーを下げてみた。
(え…… 鍵、かかってない。)
扉を開いてみると(……!)
玄関と室内は、カラフルな檻で仕切られていた。
玄関には靴もサンダルもなく、がらんとしている。
(やっぱり僕ちゃん、ひとりでお留守番してるんだなぁ。ママもパパも放置とかじゃなくて、泣く泣く僕ちゃんをおいて仕事に出てるんだろうなぁー)
聖子が勝手にそんな妄想を広げていると室内からコトコトと音がして、僕ちゃんが柱や壁に手をつきながら歩いてきた。
僕ちゃんは聖子の顔を見ると嬉しそうに檻に近づき、格子に手をかけて顔を格子のすき間に押しつけた。
聖子は檻の前に近づいた。玄関の壁にとりつけられたフックにかかる輪を外すと、檻が畳まれていく。
聖子は畳まれた檻の中に手を入れて、僕ちゃんを抱き寄せた。
僕ちゃんは飛ぶような勢いで、聖子になだれこんできた。
「僕ちゃん!」聖子は僕ちゃんに呼びかけた。「お姉ちゃん、来たよ。お姉ちゃん、来ちゃったよ……」
僕ちゃんは聖子の胸に顔を押しあてている。
(私のカラダに、お菓子のニオイがしみついているからかな……)
聖子は、抱きついている僕ちゃんのズボンと紙パンツを、そっとはぎ取っていた。