休暇-1
銀三は、久々に大勝ちの予感がしていた。開店から座った台は最初の小魚群からのプレミアム演出で当たると、10連チャンまで伸びた。ニンマリしているとイチがやって来て、
「銀さん、調子良いね!」
と声を掛けて来た。銀三は笑顔で応じ、
「どう、スロットは?」
と聞くとイチは頷き、
「すぐにペカったよ。」
「でも一進一退かな。」
と笑う。イチはあまりパチ屋に行かないが、行けばスロット専門らしい。光物系だと言う。銀三は、
「吉爺、出てるか?」
と聞くとイチは苦笑いして、
「早速、ハマってる。」
と言う。吉爺は、荒い権利物専門らしく勝てば大勝ちだが、負ける時も大負けらしい。年金と鍵屋の出張サービスで多少の金は有るらしくイチと違ってパチ屋は頻繁に行くと言う。
昨夜、二人が銀三のアパートに手土産の鶏のタタキ持参で訪れ朝方近くまで飲んでいた。起きると二人共、銀三と一緒にパチ屋に来たのだった。銀三は痴漢グループを解散した、電車内の最近の環境がそう決断させた。
他の痴漢グループが次々と摘発され、頻繁な警察の巡回と監視カメラの設置増加などで潮時だと銀三は判断してイチ経由だがグループの解散と解散理由をメンバー達に伝えた。中には他の痴漢グループに移った者達もいたがほとんどのメンバーは痴漢自体を止めた様だ。
銀三の危険を見抜く目はみんなから信頼されていたので、銀三がそう言うなら止めるとメンバー達は口々にイチに伝えたらしい。痴漢も止めた事も有り暇な時銀三は、イチ、吉爺とつるみ遊びに行く事が多く、今度旅行に行く計画を立てていた。銀三は時計を見て、
「吉爺のツキを変えるか。」
「少し早いけど、昼飯行くか?」
とイチを見ると、
「うん、行こう。」
「吉さんの有金無くなる前に。」
とイチが笑う。銀三は台の店員呼び出しランプを点灯させ、やって来た女性店員に食事休憩を告げるとイチに、
「近くに美味いラーメン屋が有るんだ。」
「汚い店だが、チャーハンと餃子も美味いぞ!」
と言い、イチと一緒に吉爺の所に向かった。
真理子は重機がビルを解体している様子を少し離れた所から見ていた。銀三が臨時の寝床にしていた管理人室の有る例のビルだ。解体はかなり進んでいて、上階部分は無くなり一階部分を残すのみだった。
重機の後ろを警備員に誘導されながら通行人が通り、真理子の側に来ると、
「あのビルのテナントに入っていた人かね?」
と頭の禿げ上がった背の低い小太りの80歳前後に見える男性が話し掛ける。真理子はその人の良さそうな老人をビル関係者かと思い手掛かりを掴めるかと、
「いいえ、知人があのビルの管理人室にいたんです。」
と答えて見た。するとその老人はやや驚き、
「銀三さんの知り合いかね?」
と微笑んで言う。真理子も驚き、
「銀三さん、知っているんですか?」
と聞くとその人の良さそうな老人は頷き、
「うん、知り合いだよ。」
「このビル、もうビルらしき物だがその持ち主だからね。」
と言う、どうやらビルのオーナーらしい。オーナーは、
「銀三さんとはどんな関係かね?」
と聞かれ、少し顔を赤らめ
「お世話になった事が有るんです。」
と真理子はやや口ごもりながら答えるとオーナーは頷き、
「銀三さんは優しい人だからねえ。」
と相好を崩す。真理子はもしかしたらと思い、
「銀三さん、スマホの番号変えたらしく連絡が取れないんです。」
「ご存知有りませんか?」
と思い切って聞いてみた。オーナーは首を振り、
「そう見たいだね。」
「私も久しぶりに電話して見たら、変わっていて驚いたよ。」
「ずっと同じ番号使っていたのにな。」
と不思議がる。真理子は自分のせいで銀三は番号を変えたかもと思った。会釈して立ち去ろうとする真理子に、
「銀三さんの家の近くのパチンコ屋で会った事あるよ。」
「私もパチンコ好きでね、用事のついでに寄って入った店だったがね。」
と思い出した様に言って来た。真理子はその言葉に反応し振り返って、
「そのパチンコ店、教えて貰えませんか?」
と言い、オーナーに向き直る。オーナーは、
「銀三さんはあちこちのパチンコ屋に行くと言っていたから居るとは限らないよ。」
「この近くのパチンコ屋でも会った事有るしね。」
と笑う。真理子は二つのパチンコ店の名前と場所を聞いて、まずは近くのパチンコ店から当たろうと決め、
「二つのパチンコ店に行ってみます。」
とオーナーに話すとオーナーは、
「もし会えたら、私が連絡取りたがっていると伝えてくれないかね。」
と頼んで来た。真理子は頷き、
「ええ、伝えます。」
「教えて下さってありがとうございます。」
と言うと足取りも軽く大通りの方へと歩き出す。真理子は、時計を見てまだ十分に時間があるのを確認した。今日は、久しぶりの休みだった。ここ一月は、忙しく休みどころか土日も出勤していた。
新たな被害者を防ぐべく、押収したノートパソコンからの顧客名簿を元にツープッシュの回収を進めた。例のメモ帳のVIPの顧客達にも上層部に知らせた上で行った。
上層部は渋ったが大ぴらには反対出来ない、慎重な捜査をと念を押された。そしてそれから頻繁に捜査の進捗状況の報告を求められ辟易する事になる。VIP達は往生際悪くツープッシュの回収に手間取る。