再会-1
銀三が、休憩中に駅のホームで時計を見ているとイチが近づき、
「時間、大丈夫?」
と聞いて来た。イチには、夜間の掃除の仕事だと話して有った。銀三は首を振り、
「さっき連絡が来て、今日は無くなったとよ。」
「行く予定の会社が急に棚卸しだと。」
と答える。つい先程、業務中止のメッセージが送られて来たのだ。イチは笑顔で、
「じゃあ、まだ行く?」
と痴漢の続行を促す。銀三は首を振り、
「俺はもう止めとく。」
「お前達だけで行けば良いよ。」
と返した。イチは頷き、理解を示す。銀三は、混み過ぎる車両が好きじゃ無いのを知っていた。ラッシュアワーの時間まで未だ時間は有るがそろそろ人が多くなる時間帯だからだ。
ラッシュアワー狙いの連中も多いが銀三は、好まない。『押し蔵饅頭』は嫌いだは銀三の口癖だった。銀三は、まったりと好みの女を触るのが好きだとイチは分かっていた。
今日の銀三はイチや他のメンバー、取り分け新入りのサポートに回った。行為を隠してやったり、気付かれない様に注意を引いたり、無理そうな女にはゼスチャーで教えたりしていた。
イチは、コインロッカーの留守番のお礼だろうと思った。銀三が義理堅いのを知っていたからだ。イチは、銀三がある方向をじっと見ているのに気付いた。
背中合わせのホーム側で12、3メートル先に居る黒っぽい姿の女性だ。黒っぽいジャケット、黒っぽいパンツに白のワイシャツの服装だ。ここからでも肉感的な身体付きだと分かった。イチは微笑み、
(銀さん好みの女だ。)
(帰るの止めて、続行かな?)
と思い銀三の耳元で、
「行くの?サポートしようか?」
と話し掛ける。銀三は強めに首を振り、
「いらない。」
「俺、一人で行く。」
と小さな声で話す。イチは驚き、
「一人じゃすぐにバレるよ。」
「無理じゃ無いの。」
と囁くと銀三はイチを見る事無く、
「お前達は、ついて来るな。」
「鹿は、桜だ。」
と囁き返す。仰天しているイチに銀三は、
「前に見たヤクトリだ。」
と話した。呆然としているイチを置いて銀三は、その女性の方に歩いて行った。
真理子は、会議が終わり囮捜査のチームに合流すべく最寄り駅より乗り継いで行こうとしていた。他課の課長も参加して情報共有の目的も兼ねているので予想通り長めの会議になった。
ホームに滑り込んで来た電車に乗車して、反対側出口扉付近に進む。車両内は、未だそれほど混んでいないので、扉近くに場所取り出来た。真理子は、スマホのメッセージアプリを開いて新たな情報が来ていないか確認する。
銀三は、自分でもこれから行う事が危ない時分かっていた。だが、自分を抑えられないのも事実だ。
(あの女だ、間違い無い!)
(この前、囮捜査をやっていたヤクトリの女だ!)
と一度しか見て無いが確信が有った。女の方にゆっくりと近づきながら、スボンの後ろポケットから取り出した灰色のハンチング帽を被り、上着の内ポケットから薄い茶色のレンズの入った眼鏡を取り出し掛けた。
そして、スボンの後ポケットに入れていたスポーツ新聞を取り出し左手に持つと目的の女の少し後に並んだ。女を観察すると、ますます自分好みの女だった。
背は銀三より4、5cm低い位だろう。尻はパンツを押し出す様に突き出していた。後ろに並ぶ前に横から見た女の胸辺りは、白いワイシャツを大きく前に押しやっている。
(この前は、普通の格好だった。主婦見たいな。)
(今日は、仕事着なのか?)
(周りを見た限り、桜は居ない。)
(別に囮って訳じゃ無さそうだ。)
と銀三は思案しながら、また周りを確認して視線を女に戻す。そして、女の左手に指輪を確認した。
(結婚してるな、当然だ。)
(こんな良い女、周りがほっとかないだろう。)
電車がやって来た。銀三は、久しぶりに胸がドキドキするのを感じた。
(相手は、桜だ。)
(普通に行っちゃ無理なのは分かっている。)
(でも今日は、コイツが有る!)
と上着のポケットに右手を入れ、薄めたツープッシュ入りの小型スプレーを確かめる。
(慎重にだ。)
(慌てず、急がず。)
と念じる様に自分を戒めると銀三は、扉が開いて電車に乗り込む女の後を追った。
真理子はスマホのメッセージアプリで仕事関係から家族の物を見ようとした時、発車ベルが鳴り、それと同時に薬品臭い匂いを感じた。
(香水かな?)
(知らない香りだわ。)
と思ったがそれほど気にせず。夫からのメッセージが気に掛かっていた。子供から小遣いをねだられて上げて良いかの問い掛けだった。ゲームソフトを買いたいらしく、2人で使うからと言われたらしい。
(私だと無理だと思って、夫に頼んだのね。)
(今月分は2人共あげたのに。もう全部使っちゃったのかしら。)
とやや怒りながらメッセージの返事を、〈後で相談してから〉と打つ。そしてスマホを上着に仕舞おうとした時、自分の入っている囮捜査チームの部下からメッセージが届く。
銀三は、女が反対側出口扉の左側に陣取ったので、その後ろに付けた。乗客は多くは無く、余裕で位置取り出来た。女は、後ろに来た銀三を気にする様子も無くスマホを見ていた。
銀三は、女の後ろに着けるやすぐにスポーツ新聞を四分の一に折り畳んで左手でアルファベットのU字型に持ち、その上に右手に持った小型ボトルのスプレーを持ち、新聞の先が女の顔の方向に行く様に向きを調整した。