再会-2
そして、待っていた発車ベルの音に合わせて一度スプレーを噴射する。
(良し!ベルで音消しに成功したぞ!)
(だが、結構匂うな。薬品臭い!)
(女が怪しむかもしれん。)
と銀三はやや懸念して、女の様子を観察する。だが、僅かに顔をしかめたものの女はスマホから顔を上げない。
(ひとまずは、良しだ。)
(少し、女の様子を見よう。)
(薄めた分、効くのに多少時間が掛かるだろう。)
と銀三は安堵しながら、今後の女の様子が楽しみになった。そして、
(女の目的地が、この前女達が囮捜査をやっていた路線なら未だ時間は有る。)
(この電車の終点が、あの路線に乗り換え出来るからな。)
と予想して銀三は、ニンマリと笑顔になったがすぐに真顔に戻す。不審者扱いされては、元も子もないと思った。
真理子は、部下の報告メッセージを見て苦笑いする。また、ツープッシュと関係無い痴漢を検挙したとの事だった。
先程の会議の前、部長に鉄道公安課から痴漢検挙の礼が有ったと聞いた。部長は、皮肉を言われたとご立腹だった。
そんな事を考えていると顔に火照りを感じる。目も潤んで来た。
(風邪かな?)
(最近、久々の現場で生活が不規則になった。そのせいかな?)
と真理子は額に手を当てる。熱が出てる程では無い、頬に手を当てるとこちらの方が熱い位だ。
(今、体調不良で休めない。)
(みんな休まず、囮捜査に頑張っているのに。)
と焦り心配になる。目が少し霞み、パチパチ瞬きをすると元に戻った。だが、またすぐに目が霞んでくる。耳に微かにハァハァと声がする。それが自分の声だと分かって驚く。
(こんな風邪の症状、初めてだわ。)
(病院に行くべきかな?)
と思っていると、お尻に何か軽く当たる感触が有った。何かそんなに固く無い物がかすかに触れた様な感触だ。
だが触れた瞬間、急に冷たい物が当てられた様に身体がビクンと動く。真理子の意思とは無関係に身体が反応していた。
(何?今の…)
とビックリしていると身体が熱くなっていると感じた。全身の体温が上がった様に感じる。次の駅に停車する為に電車にブレーキがかかり体が横に有る座席との仕切り用の手すりに押し付けられると再び身体がビクンと反応する。
(私の体、変だわ。)
(急に体中が敏感になった。)
と真理子は突然の体調の変化に戸惑いながらも、電車の振動で身につけて衣類が肌と触れ合うだけでも敏感に感じる様になった自分の身体を自覚していた。
(やっぱり変だわ。)
(過敏症の症状が有る風邪って有るの?)
(インフルエンザかな?)
と考えていると電車は駅に停車した。真理子は、降りてタクシーで掛かりつけ医に診て貰う事も考えて迷ったがもう少し、様子を見る事にした。
銀三は、眼鏡を少し上に挙げ注意深くヤクトリの女を観察していた。数分経った頃、女の顔に赤みが刺し瞬きを繰り返していた。女は、額や頬に手を当て始めた。
(風邪と思ってんだな。)
(やっぱ凄えな、ツープッシュ。)
(あんだけ薄めても効果が目に見えてわかる。)
と銀三は驚き、
(肝心の体の方は、どうかだ?)
(やっぱ、確かめた方が早い。)
と考え、スポーツ新聞を女の尻に触れるか触れ無いかギリギリに流す様に当てて行く。女の体が反応良く動いたのを見て満足そうに頷く。
(何か言って来るかと思ったが、それどころじゃ無さそうだな。)
と女の口から息遣いが僅かに漏れるのを聞いて確信した。
(良し、女は発情しだしたぞ。)
と思っていると電車が駅に停まろうとしている。銀三は、
(とどめの一吹きだ!)
(ツープッシュの名前通りに。)
と思いながら、電車が駅に停まるとすぐに左手でスポーツ新聞をUの字に持ち、その中でツープッシュのスプレーを持ち、噴射の音消しの発車ベルを待つ。
周りを慎重に伺い、誰の注意を引いていないのを確認して新たな乗り込んだ乗客もこちらの方に来ないを見て安心する。
スポーツ新聞の先を女の顔の方に向ける。唯一の懸念は、ツープッシュの薬品臭さだった。2回目ともなると流石に女も気付くかも知れないと銀三は思った。
(だが、もう一回は必要だ。)
(相手は、桜だ。)
と覚悟を決めて女を見ると目を閉じている。発車ベルが鳴る、銀三は思い切ってスプレーを噴射した。
真理子は、更に身体が敏感に特に股間の恥ずかしい所が熱を帯びて行くのを感じていた。
(こんな所も過敏症になるの?)
(最近、夫婦生活も無い。お互い忙しいし、子供達も居るから中々出来ない。)
(それが原因かな?)
などと更に顔を紅潮させ思案していた。すると再び薬品の匂いがする。真理子は眉を寄せ、
(先程も薬品の匂いがしたわ…)
(電車が停車中に…)
とデジャヴを感じる。そして、ハッとした
(薬品!)
(体が敏感になる!)
とまさかの考えが頭に浮かぶ。
(ツープッシュ!)
(まさか、私がターゲットに選ばれたの!)
真理子は慌てて、周りを確認する。自分の周りには後ろに男性が居るだけだった。真理子は、その男性を確認しようとした。