後日譚-1
翌月曜日。普通に学校のある日だから、美景はいつものように登校した。
ミスコンテストの最終結果は、生徒会からニュースとして全校に発表された。優勝者の美景、準優勝者の梨佳の名も貼りだされた。奈津江が失格になったため、繰り上げで琴音が3位入賞となっていた。
もちろんあのトンデモな審査内容そのものは、一切公表されていない。関係者も口外は厳禁されている。知られているのは理事長が直々に審査し、判定を下したということぐらいだ。
「おめでとう!!」「深瀬さん、バンザーイ!」
クラスメートたちからは当然のように祝福の嵐だったが、美景はどう受け止めていいのか、ただ戸惑うばかりだった。どんな審査だったのかも訊かれたが、こればかりはクラスの皆には内緒にするしかない。
「深瀬さん、明日の放課後、受賞記念のインタビューさせてもらっていい?」
同じクラスの広報部の渡辺昌穂から申し入れがあったが、断るとかえって話がややこしくなりそうな気がして、とりあえず了承した。
放課後は、いつものように科学部で活動した。部員仲間からも当然ミスコン優勝を祝われたが、さすがに柏井からその言葉は出ない。活動中も彼とは口も利かず、ただ物理実験の準備と、生物観察記録のデータ整理を他の部員たちと一緒に進めるだけだった。
だが活動が終了した後、柏井は他の誰も交えないよう、美景を理科室隣の非常階段の踊り場に呼び出した。
「すまなかった、昨日はごめん、深瀬、許してくれ!」
そうやって柏井は平謝りに謝ってきた。彼は顔を真っ赤にしていたが、美景も昨日のことを思い出させられ、自身も顔を赤らめてしまう。
「その、だから、俺はただ、あの5人で深瀬が一番綺麗だと思ったから、どうしても……いや、やっぱり深瀬はほんと美人だし、ミス和天高校に相応しいよ、おめでとう……」
すっかりどぎまぎし、呂律も回らぬまま、とにかく思いつくことを言っては許しを乞おうとするような柏井だった。
「やめてよ、もう、その話は!」
美景もどう応じていいのかわからなかった。柏井も懸命に謝ろうとしているのはわかったが、仮にも自分の裸身を目で辱めた男。その原因も彼自身が作った。そんな男が目の前にいるだけで、忌まわしい思いに駆られるのを禁じえなかった。
「もういい、この際言う。深瀬、俺は君が好きなんだ。だから……」
戸惑う彼女を前に、あろうことか、勢い柏井は告白にまで持ち込んでしまった。
あんなことがなければ、美景も友達の延長のような形でなら、付き合ってもいいと思ったかもしれない。それまで、彼とは一緒にいて楽しいと感じていたからだ。
「いや、その、どうせあの姿も、もう見ちゃったんだからさ……いや、深瀬、裸でもめちゃめちゃ綺麗だったよ、女神様の像みたいだった。それだし……」
告白の言葉を口に出した直後にしまったと思い、狼狽するあまり、彼は褒めたつもりかもしれないが言わなくていいことまで無遠慮に言って、美景の神経を逆撫でする。この辺の不器用さが彼らしいと言えばらしいのだが。
「いい加減にしてよね。これ以上蒸し返さないでくれるなら、友達ではいてあげるわ」
「じゃあ、付き合っては……」
「お断りします。あたりまえじゃないの、誰があんなことをした男と」
さすがにぎくしゃくしたものにはなったが、柏井との科学部仲間としての交流は、一応その後も続いた。本来なら翌月から美景は副部長として新部長の柏井を支えていく予定だったが、事情が事情だからそれは降りた。
奈津江の失格に伴い、琴音が繰り上げで銅賞、準々ミスの称号を得ることになった。だがその条件として、至上命令で理事長から呼び出され、そして美景たちが受けたような「品行審査」を強制的に受けさせられたことは、琴音本人と理事長以外に知る者はいない。
つまり、仮にあの生徒投票で柏井が美景の代わりに琴音に入れていたとしても、どうせ奈津江は脱落しただろうから、美景は同様の恥ずかしい思いを強いられる運命にあったわけだ。
その時系列のことは、美景も柏井も知るよしもない。
あの時に理事長から退学を言い渡されたかに見えた大渡奈津江だが、その後も学校には通ってきている。ただ精彩は完全に欠いており、かつてのような多くの女子を追随させるカリスマ的ファッションリーダーとしての姿は、もはや面影もなくなっていた。ミスコン本選会で失格になったこと自体は周知であり、そのショックが原因だろうと推測する者は多かったが、その背景まで知る者は部外者にはいないだろう。
退学処分を免除される代わりに、ずっと理事長の性的玩具となることを義務付けられているというのが、その実相だった。美景や梨佳にはいくらか察しがつくことだが、他の誰かに話すわけにはいかない。
準ミスの梨佳とは、あれからすっかり仲良しになった。本選会ではライバル(?)だったが、あの地獄をともにくぐり抜けたことが、2人に特別な絆を生み出したのだろう。コンテストの途中で美景の下着を脱がせたことを梨佳は気にして謝ってきたが、あの状況では仕方がなかっただろうと、美景は別に責めなかった。
奈津江がどうしようもなくなっている今、あの日の秘密を分かち合え、あのトラウマを癒し合えるのは、お互いしかいないのだ。
誰にも言えずに独りぼっちは、寂しいもんね。
傍からは単に、和天高きっての美女ツートップが仲良くしているぐらいに見えたはずだ。
ちなみに、あれを機に梨佳は美景のパイパンに憧れて、自身も下腹部の毛を処理するようになった。その方が清潔感があって可愛いと実感したという。最初は剃ったが、今は除毛クリームを使っている。いつかは永久脱毛したいとのことだ。
「前から私もそうしてたら、ひょっとして美景に勝てたのかな?」
「もう、何言ってるのよ梨佳……人工は天然には勝てないわよ」
そんな下ネタ混じりの軽口を言い合えるのも、2人きりの時だけだ。